第74話「空しきけぶり」
「ふぅー、じゃあ張り込みますか」
「え?」
車の助手席に乗り込み吃驚を零す。目を瞬かせて彼女を仰げば、額に手を当て深く呼気を吐き出していた。組んだ足が無駄に艶めかしいのが羨ましい。
「どういうことですか!?」
「あの人を真空に会わせても良かったんだけどね」
何が言いたいのかサッパリ分からない。疑問符を浮かべ続きを急かせば、諦念を浮かべた彼女が煙草に火を付けた。
暖房の温もりが肌を包んでいく。外気が低く、車内が温かい為、窓が白い靄で覆われていった。
「とりあえず事件の真相が分かった方がいいからね。菫さんを焚きつけてみたんだよ。これであの人が黒なら自首するかもしれないし、繋がっていればココに来るかもしれない。所謂、違法捜査だからね。堂々と動けないし時間短縮の為にも、綾崎には自ら出向いて貰った方がいい」
「ですが綾崎は来るでしょうか?」
「出勤はしてるみたいだからね。執行猶予中ってことは監視下のもと外に出てるってこと。ちょっと調べれば行方は掴める。出勤してるってのなら荷物を取りには戻ってくる筈。部屋の本棚は埃も被ってないし、綺麗だった。菫さんの言ってることは嘘だろうね」
「つまり二人は共謀して夫を殺害したと?」
「どうだろうね。永は綾崎が人を殺すわけがないって言っていた。そうなると、さっき菫さんに言ったことが真実になってしまう。でも、それなら不自然過ぎる。何故、ストーカーだと偽る必要があったんだ? 菫さんの腕や足には無数の古傷があった。傷の位置から日常的に暴行されていたことが見受けられる。それに綾崎が気付いていたのなら、恋人だろうが片思いだろうが助けてやりたいと思うだろう。それで殺してしまったのなら情状酌量もつくだろうし、実際殺人にも関わらず執行猶予がついている。嘘を吐く必要も、何かを偽る必要もないんだ。なのに……」
吸い終わった煙草を灰皿に押し付け、空いた手を顎に当てる犬養さん。思惟する姿も絵になるな、と思いながら私も考えを巡らせた。
何故、という観点から考えれば、当然、永君の顔が浮かぶ。けれども綾崎に永君が懐いていたのなら、彼を犯人とするにはあまりにも無謀すぎる気がした。
子供は、そこまで大人の言うことを利いてはくれないだろうし、事実、彼は綾崎の無実を訴えている。犬養さんに出逢えたことが僥倖だっただけだが、こうして永君の訴えは罷り通っているのだ。
「寒いんだけど」
「狼谷君!?」
「はい、コレ。頼まれてやつ」
「ああ、サンキュー」
「それとコンビニで買ってきたパンとかコーヒー」
「助かるよ」
後部座席の扉が開き、コートに身を包んだ狼谷君が乗り込んでくる。コンビニの袋とコードを犬養さんに渡した彼は寒そうにマフラーへ顔を埋めていた。
「学校は!?」
「冬休み」
そういえば師走だったか、とスマホのカレンダーを見やる。日付は二十一日で、クリスマスだなんだと浮かれていた若かりし頃を懐かしく思った。




