第7話「嘘も方便」
「どうでした?」
「上手くいったぜ」
「では、逃げる準備を〝早く〟しましょうか」
「そうだ……うおぇ……!? な!? うわぁ!?」
鳩尾に蹴りを一発。顎に拳を一発。倒れた男を背後から捻り上げれば、あまりの苦痛に男は喘ぎ声を上げた。
目出し帽で視界が著しく狭いのもあるのだろう。何が起こったか分からない、とでも言いたげな男の手首を手に持っていた縄で縛り上げ私は一息吐いた。
「何すんだぁ!? 離せぇ!?」
「黙ってなさい。精々しっかり罪を償うことね」
あの青年はどうなっただろう。大丈夫だろうか。ふと顔を上げれば、赤の足から血が零れている事に気付いた。
「大丈夫!? どこか怪我してない!?」
「俺は大丈夫です」
冷静に状況を判断しようと思考を巡らせるも、初めに見た光景が衝撃すぎた所為か全く脳内処理が追いつかない。そんな私の考えを見透かしたように、青年は小さく笑った。
「赤い目出し帽の男の足をカッターで切りつけました。安心してください。軽くしかしてません。まぁ、暫く動けないでしょうけど。青い目出し帽の男は、すっかり腰を抜かして失禁してるんで、もう大丈夫だと思います。
因みに拳銃は入り口付近に投げました。回収お願いします。あ、どうやら助かったみたいですね」
青年の声に背後を見やれば丁度シャッターが開き、眩しい陽光が降り注いでいていた。
突入してきた数多の警察官は犯人である男を確保し、人質である男児を素早く保護する。ホッと一息吐けば、此方に走ってくる同僚の姿が見て取れた。
「陽正!? 大丈夫か!?」
「蟹江君。うん、大丈夫。それより、すごいタイミングだったね」
「防犯カメラの映像でずっと突入の機会を伺ってたんだ」
「そうだったんだ。あれ!? あの高校生がいない!?」
「え? 保護されたんじゃ……あ!? おい!? 陽正!?」
蟹江君の制止も余所に、私は人の波を縫うように駆けだした。辺りを見渡し、例の男子高校生を探す。人の大軍を抜け、駆け足で進むも彼の姿は見当たらない。道なりに走り、角を曲がると青年の後姿を見つけ声を張った。
「待って!」
「ああ、どうかしました?」
「事情聴取がまだ! あと協力してくれてありがとう。まさか仲間になったフリで機会を伺ってたなんて全然気付かなかった」
「それしか思いつかなかったので。騙してすみませんでした」
「あ、ううん」
「俺、警視総監の息子なんです。何かあったら直接父に言ってください。では、俺急いでるので」
「あ、待っ……行っちゃった……」
先程まで足を止めてくれていた彼は、爽やかな笑みを浮かべ走り去って行った。制止虚しくその場に置き去りにされた私は、彼の言葉を信じ踵を返した。身元が分かっているなら構わないだろう、と。