第66話「戯」
「本当に見えるの?」
「園長さんに全部教えて貰いました。初めはアナタが改心するかもしれないから誰にも言わないでくれって言われてたんですけどね」
「あの人が言いそうなことだね。……やっぱり見えるんだ? 一つ確認していい? お袋が最後に言った言葉は?」
——誰も憎んじゃダメよ。
綺麗に重なった声に一種の絆のようなものを感じる。なんでもないのに鼻の奥がツンと痛むのは寒さのせいだろうか。
「ゴメン。俺、約束守れなかったよ。誰も憎んだらだめ。憎むなら犯罪を。そうやって自分を諫める為に刑事になったのに、猿島が上司で、憎まないようにって頑張ったのに、無理だった。良い息子じゃなくてごめんなさい」
「なんで俺に言うんですか?」
何故か狼谷君に告げる蟹江君に、不満そうな言葉が投げ付けられる。眉を顰めた蟹江君は囁くような声で「合わせる顔がないんだ」と言った。
「『良い息子よ』だって」
「それは嘘?」
「俺は霊のことで嘘は吐かない」
優しい嘘とは何なのだろう。誰かを救うことが出来たのなら、それは優しさなのかもしれない。けれども真実こそが優しさだと言う輩には、それは残酷に映ることだろう。
私は手錠を掛けられる蟹江君の姿が見えなくなるまで、彼を救う方法を考え続けていた。蕭蕭と降る雪が、心を傾けた人を攫っていく。後味の悪さを残し、青女が消え去ることはなかった。
いっそ雪女のように熱で消え失せてしまえれば楽なのだろう。この苦味も二度と味わうことはないし、未来を生きることへの不安もないのだ。
「陽正、終わったよ」
すっかり大人の手だった。笑みが消え失せ、声も六華のように冷たい。それでも差し伸べられた掌は温かく、私を慰めてくれているかのようだった。
「ありがとう」
もう彼なしでは生きていけない。降り注いだ思惟は、どういったものなのだろう。それでも狼谷君は私の側にいてくれるのだろうか。
「別に、約束だからね。これで他人に戻るのはなしだよ」
「うん!」
紡がれた嘘に、空言の約束。私達を繋ぐものはこれで十分なのかもしれない。
考えることをやめた私に彼が微笑むものだから、これでいいのだと自身に言い聞かせた。




