第64話「嘲戯」
「アンタって、そうだよな。ガイシャに対して思いやりもなければ、捜査ミスで上がった加害者に対しても、いつでも決めつけて……犯人でもない人を怒鳴りつけて。それでも、ちっとも良心が痛まないんだ。そうやって……自分以外の人間を虫けらだと思って見下してるんだろ!?」
「感情移入は更なるミスを呼ぶ。捜査は冷静に……」
「アンタみたいなのは刑事じゃない!! あんなのを冷静な捜査とは言わない。アンタはただの冷血漢だよ。何回だ……」
「何がだ」
「アンタは何回被害者を辱めた?」
「なんのことだ」
「死体ってのは、さっきまで生きていた人の身体なんだよ。触るなら……捜査する時は、調べさせて貰うことに敬意を払わなくちゃいけないんだ。事件の裏には人生がある。転がってる死体でも人生があるんだ。ただのガイシャじゃないんだよ!!」
号哭に息を呑む面々は、各々何を思惟していることだろう。この言葉の後に続くのは、恐らく辱められた大切な人を想う彼の心なのだろう。
堪え続けた怒り、ぶつけたかった本音。彼はいつだって咽頭を上下する感情を、吐瀉物のようにぶちまけてしまいたかったに違いない。けれども、それをしなかったのは、彼が刑事であるが故なのだろう。
胸を張って生きていたかったのだ。自身を育ててくれた園長さんに、顔向けできない人生を歩みたくはなかったから。
「それをアンタは分かってない。だから殺してやろうと思ったんだよ!!」
単なる復讐ではない。蟹江君は猿島警部を否定したかったのだ。
私も見たことがある。猿島警部の捜査の仕方は良く言えば素早く、悪く言えば雑なのだ。それでも検挙率が高ければ皆口を噤むしかない。確かに彼の死体の扱い方は、とても人を扱っているという感じではなかった。とてもご遺族に顔向けできないほどに。
「悪いが、理解し難いな。それで俺を殺してどうなる? 組織が変わるのか? お前の心が晴れるのか? お前は……」
駆けていた。私の足はいつしか猿島警部のもとへ向かい、彼を見据えたところで止まる。そして平手を勢いよく振り上げ思いのままに行動した時、右の掌に張り裂けそうな痛みが走った。
積雪がストッキング越しに足の薄皮を刺激する。冷たい、よりも、痛いという感覚が駆け巡り、それが脳漿に達した時どこかで警鐘が聞こえた。
それでも止まれるものなら、もっと早くに止まっていた筈だ。そんな私が今更、止まれるわけがない。戻れないのなら突き進むしかないのだ。ああ、もしかしたらこれが衝動的な殺人、というやつなのかもしれない。
「どうして……どうしてそうやって否定ばかりするんですか!?」
「日辻、お前……!?」
「殴りたいなら殴ればいいじゃないですか!? パワハラで訴えてやります!!」
叩かれた方の頬を覆った彼が、怒り任せに右手を振り上げてくる。鋭い眼光を放ち、おおよそ私が口にしないような言葉を投げ付ければ、驚きで動きを止める彼がいた。
他の人達が、どういう表情をしているのかは分からない。正直、分かりたくもなかった。




