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オオカミ少年の真実【電撃大賞4次落選作】  作者: 衍香 壮
第3章「殺害の理由はいつだって生首に口づけするようなものだ」
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第62話「戯謔」

「情に訴えようとしても無駄ですよ。この場にいる人達は全て知っている。アナタと猿島さん以外はね」


「え?」


「どうして驚くんです?」


 吃驚の意味を蟹江君が説くことはない。ただ悔しそうに顔を顰め、猿島警部を一瞥する様に違和感を覚えた。


「猿島警部は俺のことを信じてくれたんですか?」


「いや、俺はこのことを知らなかった。ただ犬養に呼び出されただけだからな。だから説明して貰おうか。俺の部下を犯人呼ばわりするに至った経緯を」


 しっとりとした睥睨にたじろぐ。傍らの犬養さんが狼狽する様子はなく、私は幾許か落ち着くことが出来た。


 こういう風に何も知らせないことを、猿島警部は凄く嫌がる。全てを終えた後、説教されるだろうことを思えば、憂鬱になるのも致し方あるまい。


「それは勿論。俺の親にあたる人を襲ったわけですから、後始末は付けていただくつもりです」


「そうか。じゃあ茶番を続けるがいい。オオカミ少年の推理ショーとは随分と酔狂なことだがな」


「猿島警部……!」


「蟹江も黙って聞いてればいい。お前は、やってないんだろう?」


 グッと黙り込む彼が、消え入りそうな声音で「はい」と紡ぐ。どこか複雑そうな表情に、私は胸を痛めた。


「まず第一の事件、トリックも何もありません。面を被ったアナタは明日香を襲う。殺す気は無かったんでしょう。少し脅してやるつもりで、そっと忍び寄って首を絞めた。が、ここで誤算が生じる。あっさりと明日香に投げ飛ばされたんですから驚いたでしょう? 彼女、ゴリラ並みの腕力で有名なんですよ。知りませんでしたか?」


「お前は相変わらず一言多いな。背負い投げはテクニックだ」


「次に第二の事件、アナタの本命は猿島警部、勿論入念に立てた計画に穴はない。夕飯時に人がいなくなるのを知っていて、アナタは猿島警部を刺した」


「ちょっと待ってよー、俺が猿島警部を殺そうとする理由なんてないでしょ? こんなのはもう……」


「俺は〝殺そうとした〟とは言ってません。何故、犯人が猿島さんを殺そうとしたことを知っていたんでしょう? それはアナタが犯人であることの証拠にはなりませんかね?」


「それ以上、大人を揶揄うつもりなら怒るよ?」


「どうぞご自由に。起きたことは一つしかない。嘘も真も事実には敵いませんから」


「狼谷青年の言うことは全て詭弁だ。全部言葉のあやだと言ってしまえば罷り通ることを平然と告げるのはやめないか? 皆も揃いも揃って……大の大人が高校生に振り回されないでくださいよ。ね、猿島警……」


「お前は何故さっきから俺に同意を求めてくるんだ」


「何言って……だって猿島警部は俺を信じてくれてるからさっきも……」


「俺はお前を信じていると言った覚えはない。『やっていない』と言うなら、黙っていればいいだろうと言ったんだ」


 緊迫した空気が流れる。静寂は私達を包み、緊張が私の身体を縛った。


 蟹江君の言っていることは事実だ。私達は綱渡り用の綱を様子見しながら渡っているに過ぎないのだから。確固たる証拠はない。だからこそ狼谷君のやり方では犯人に自供させるほかないのだ。


 そこから遡り、検証し、物的証拠と照らし合わせる。間近で見ていた蟹江君は知っているのだ。しらを切り通せば逃げられるのだ、と。


「貴方は、いつもそうですね。疑われる人間の気持ちを考えたことはないんですか?」


「ない。俺がやるべきことは真相の追及。ならびに犯人逮捕だ。罪を犯した人間がいたら手錠をかける。事件が起きたなら解決する。俺の仕事は正義であること。そこに人の感情など関係ない」


「俺のことを信じてはくれてない、ということですか?」


「刑事の蟹江は信用している。だが、お前という人間を信頼するというのは、また別の話だ」


「つまり……俺はアンタ(・・・)にとって何でもない存在ってわけね」


 フッと鼻で笑った蟹江君が狼谷君を見据える。尖った眼差しには黒暗が滲んでいた。

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