第58話「人戯え」
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諦念に眉を顰める。憾むらくは、そう思わざるを得ない自身だった。
何故こうなったのだろう、と思惟する。けれども、弾き出される答えには同情を孕んでおり、自身が冷静でないことが分かった。
あの後、彼は不香の花の如く冷ややかな言葉を放ち去っていった。正義を貫くことの出来ない私には「嘘で在れば良かったのに」なんて象ることも許されないのだろう。少し一人になりたかったのも本当だが、こんな時に一人にしないで欲しかった。
時刻は既に六時を回っている。早く戻らなければいけないのに、そうすることは出来なかった。
いつの間にか暖房が利いていた館内が仄かに温かい。狼谷君に借りた茶羽織だけでも大丈夫な筈なのに、私の心には隙間風が吹き抜けていた。
なんとなしに中庭が見える廊下に向かうも、そこは黒々とした血痕に彩られている。立ち入り禁止のテープを跨がずジッと眺めていれば、私の名を呼ぶ声が聞こえた。
「探したんだぞ」
「蟹江君……」
やはり彼は私の心に灯を灯してくれる。思わず零れた笑みに、自身の本音を垣間見たような気がした。
「どうしたんだ? 狼谷青年は戻ってきたのに、陽正が戻って来なかったから心配したんだぞ」
「ううん、なんでもないの。少し一人で考えたくて」
「今は一人だと危ないだろ。まだ早朝で人もいないし……」
「説教? 今、戻るって!」
揶揄するような明るい口調で身を翻す。足音は二つで、彼が私の後を付いてきているのが分かった。
「陽正! 逃げろ!?」
「きゃあ!?」
蟹江君の咆哮に背を仰ぐ。しかし、それは叶わないまま、私は何者かの手によって床に頭を打ち付けられた。
激痛の後に脳を直接揺さぶられたかのような気持ち悪さが走る。何とか犯人の姿を確認しようとするも、もう一度床に頭を打ち付けられ、視界が揺れた。
何故だ、と叫び出したい。私に何の恨みがあるのだ、と。けれども、それを口にする余裕もなく、意識が遠のいていった。
「かに、え、く……」




