第50話「戯けし」
*
「犬養さん、お疲れ様でした」
「ありがとう」
「蟹江君も、狼谷君も、お疲れ様」
「ああ、サンキュ」
処置を終えたらしい三人の元へお茶を届ける。ぐったりと壁に寄り掛かる三人は疲れ切っており、なんとも言えない雰囲気を醸し出していた。
血みどろの両手が綺麗になっている。白皙を眺めていると、先ほどの出来事が嘘のように思えた。
「猿島警部は?」
「傷は浅かったみたいで命に別状はないそうだ。じき目が覚めるって。だよな、真空?」
「うん」
「一つ訊いていい? この前といい、銀行強盗の時といい、狼谷青年って何者なわけ?」
蟹江君の問いに沈黙が落ちる。誰に訊いたわけでもない質問には、誰が答えるべきなのか。少なくとも自身が口を挟むべきではないと判断した私は、犬養さんと狼谷君の顔色伺った。
畳の上で正坐をした足が痛い。心なしか頭痛までするような気がして眉間を押さえた。
「言ってもいいか?」
「好きにすれば? 信じるかどうかは、その人次第だし」
「信じるだろ。さっきのを見てればな」
「どうだろうね。俺は嘘吐きだし」
「そういえば、どうやって処置を? 犬養さんは医療の心得でも……」
「あるわけないだろ」
「ですよね」
「真空が医者の幽霊を捕まえてきたんだよ。それで診て貰った。勿論、霊体だと処置は出来ないからね。指示をして貰って、この通り無事だ。運がいいよ」
「やぶじゃなければね。……分かってますよ。冗談ですって」
どうやら医者がいるのは本当らしい。いつも通り何もいない空間に話し掛ける狼谷君は柔らかく笑んでいた。
「まぁ、そういうわけだ。蟹江は理解出来たか?」
「えっと……外れてたら恥ずかしいんで一応答えを提示してくれません?」
「そうだな。真空は幽霊が見えるんだ。あとは、さっきの説明通り」
「マジか!? え、俺、何か憑いてる!?」
「憑いてるよ」
「何が憑いてんの!?」
「アンタの母親。守護霊になって見守ってる」
さっきまでニヤケ顔で言葉を投げていた蟹江君が唇を引き結ぶ。この感じ分かるなぁ、と苦笑を浮かべていれば、溜息を吐いた狼谷君が沈黙を破った。
「どうせ信じないでしょ。ストライプのシャツに紺のスカート。グレーのバックはアンタからのプレゼントなんだって? 髪は真ん中分けで、長さは肩甲骨のあたり。焦げ茶色の髪で、目はアンタと同じ垂れ目。凄い優しそうな顔をしてるよ。子供の頃のエピソードでも教えて貰える? ……へぇ、アンタ昔は大人しい子供だったんだ。意外だね。フッ……何それ。ウケるんだけど」
「なに!? なに聞いたの!?」
「アンタが田んぼに落ちてバニラアイスをチョコアイスにした話」
「ちょ!? それお袋しか知らないやつなんだけど!?」
「らしいね」
なんだそれは。笑いを堪えるも、肩の震えまで我慢出来ない。犬養さんも同じらしく、口元まで運んだ湯呑がプルプルと震えていた。かち合った視線が笑いを後押しする。二人が、その話を掘り下げていくものだから、私達は笑いを堪えるので精一杯だった。




