第5話「嘘を言え」
「パトカーの音が聞こえますね。この後はどうするつもりで?」
「全員殺してそのまま逃げるつもりだったんだよ! こんなに早いなんて!」
「では警察に逃走車を用意させましょう」
「そんなことできんのか?」
「はい、人質と交換します。けれど全員では無く……子供を一人だけ残して」
「は? 何でガキを」
「逃走中に捕まるのを避ける為ですよ。子供なら大人と違って、抱いて移動しても邪魔にはなりませんしね。仮に抵抗されたとしても力が弱い。打って付けの人質でしょう?」
「成る程な」
「待って! 人質なら私がなるから子供だけは!」
震える子供を腕に抱き、母親であろう女性は蒼い顔で懇願する。その姿は立派な親そのもので、私は悔しさに唇を噛んだ。
何か打開策はないか。考えれど答えは出ない。まさしく今、最悪な状況に追い込まれているというのに、何も出来ない自分が歯痒くて仕方がない。
「お母さん、俺の話聞いてました? 貴女じゃ邪魔なんです。無駄死にしたくなかったら、その口閉じてて貰えませんか?」
「そ、そうだぜ! 黙ってな!」
たかが男子高生が、強盗団のリーダーになってしまったかのような異常な光景だった。
涙を零す母に震える幼児。憎たらしい程、唇を吊り上げている青年。それに従う、黒、赤、青。目の前に広がる陰惨な情景は、目を逸らしてしまいたい程で、この場から消え去りたい衝動で一杯になる。
けれど、私の中の正義はそういかなかった。息を吸い、新鮮な酸素が肺を満たした事を確認し吐き出す。よし、と心の中で唱え、震える唇を動かした。
「私が代わりに人質になる。それじゃダメ?」
「ダメに決まってんだ……」
「いいですね」
「え? マジで?」
黒の言葉を遮り、私の提案をあっさり受ける青年。瞠目した私を差し置いて、黒は不思議そうな声を上げていた。どうやら驚いたのは私だけじゃないらしく、目出し帽を被った三人は顔を見合わせていた。
「はい。子供と刑事さん、二人を人質にします。子供がいれば刑事さんは自由に動けないでしょうし、いざとなれば殺せばいい。人質は実際のとこ二人も要らないですしね」
「でも、それなら子供だけでも……」
「精神的な重みですよ。人質が二人になったら、警察はもっと迂闊に手出し出来なくなる。突入のリスクも減ります」
「成る程な」
——なんて……えげつないことを!
憤る私を余所に黒、赤、青年の三人は笑みを深める。青はどこか困惑したように口を開いては閉じ、結局何も話さなかった。
チラリと件の子供に視線を送れば、今にも泣きだしそうに顔を歪めている。母親も絶望したような面持ちで、瞳には涙を浮かべていた。
しかし、周りの人間はどこか落ち着いていて、重い雰囲気は変わらないものの「希望がある」と顔に書いていた。私の思い違いであればいい、そう思う。けれど、絶望する親子。歓喜の声を上げる強盗団。それと打って変わって、他の人質達の顔色は先程より格段に良くなっていた。
何故。どうして。自分だけが助かればいいと思っているのか。誰かの犠牲の上に成り立った命で幸せなのか。そんな筈がない。命は全て平等でなくてはいけない。
——プルルルル、プルルルル。
「交渉の電話ですよ。子供と刑事以外を解放するのを条件に、逃走用の車を用意するように話してください」
銀行の電話がけたたましく鳴り響く。私を含め、驚いた者達はビクリと肩を揺らした。そんな中、青年は冷静に黒に指示を送る。黒は頷くと受話器を耳に当てた。