第49話「戯れる」
「陽正!! 先に行ってるぞ!!」
「何かあったみたいだね」
逸早く駆けていった犬養さんの後を、狼谷君が追いかけていく。私も電話片手にスリッパを履くと走り出した。
こういったことについては、てんで場数が足りていない。思った以上に狼狽していたようで屡々足が縺れた。
『何があった!?』
「分からない! でも悲鳴が聞こえて!」
『そっちに向かう! 場所は!?」
『分かんない……! でも多分……』
雑音交じりの会話には、扉の開閉音や足音が混じっている。悲鳴を聞きつけ集まって来たのだろう。ざわつく人々の間を縫って、私は音の根源を探った。
「中庭!」
『中庭!? 中庭だな!?』
「うん! ……猿島、警部?」
『猿島警部がいたのか!? 良かった……何も無かったんだな』
「違う。違うの……」
頭を振りながら倒れている人影に近付く。そこには血塗られた浴衣に身を包む猿島警部がいた。
「猿島警部が、刺されて、るの……」
『え……?』
電話の向こう側で足音が止まる。吃驚を零す蟹江君に倣うかのように、私はスマホを落とした。その音に犬養さんが顔を上げる。応急処置を施す両の掌は深緋に染まっていた。
「陽正!! 客を自分の部屋へ戻せ!! この場の指揮は私が執る!!」
「は、はい!!」
「蟹江はどうした!?」
「すぐ来ると思います!」
「分かった! 目撃者がいたらソイツは残せ!」
「承知しました! 皆様、ご自分の部屋にお戻りください!」
人だかりに向かって声を張る。好奇心の塊である人々は中々指示に従ってくれない。もどかしさを噛み締めていると、曲がり角から蟹江君の姿が見えた。
「遅くなりました! 状況の説明と指示を!」
「見ての通りだ。まだ息はある。応急処置はした。救急隊員が運びやすいよう……」
「犬養様! どうやら来る途中の路で雪崩が起きていたようで救急車も警察も暫く来れないと……」
「なんだと!?」
女将さんの言葉に、止血していた犬養さんが叫び声を上げる。私も思わず客を誘導する手を止め、背後を振り仰いだ。暫し逡巡していた彼女が、覚悟を決めたように深い息を吐き出す。私は、その様を見つめながら生唾を呑み込んだ。
「女将さん、この近くで空いている部屋を貸してください。蟹江はコイツを運ぶのを手伝え。陽正は……」
「明日香!!」
「真空を連れてきて貰おうとしたんだが、その必要はなくなったな。陽正は、さっき言った通りに。真空は手伝え。蟹江、準備はいいな。いっせーの!」
先程まで姿を消していた狼谷君の姿を見止めた犬養さんは不敵に笑っていた。
勝ち誇ったような笑みは何を表すのだろう。女将さんの後を追い、姿を消す四人の姿を振り切るように、私は自分の仕事に精を出したのだった。




