第46話「悪戯っ子」
「で? なんの捜査なんだ? 誰から聞いた?」
「幽霊。なんかヤクザ関連みたいなんだけど、殺人の容疑があるんだって。で、ココに来るってのを知ったから追っかけてきたみたい」
「成る程、ヤクザ関連なら一課の管轄じゃないけど殺しとなれば、ね。にしてもアイツ自ら足を運ぶだなんて珍しい。お偉いさんに直接頼まれたのかね」
「さぁね」
彼の視線の先には、荒れた雪原が広がっている。それが、この先の未来を示しているかのようで胸騒ぎがした。
「いいんですか? 犬養さんを襲った犯人を捕まえなくて」
「猿の結果次第だな。まぁハズレだろうけど。そうだよな、真空」
肯定も否定も返ってこない。しかし、それを肯定と取ったらしい犬養さんは、茶菓子の封を切っていた。先程、首を絞められたばかりだと言うのに何とも胆が据わっている。私は煎餅を咀嚼する様を眺め、考えを巡らせた。
犯人を特定するには情報が少なすぎる。そもそも動機が分からないのだ。犬養さんは「殺す気がない」と考えているようだが、〝次〟殺す気なのかもしれない。彼女は私や狼谷君の身が危ない、と言っていたが一番危ういのは、やはり犬養さんのような気がした。
私達と猿島警部が鉢合わせたのは〝偶然〟だ。ということは、恐らくは猿島警部らは関係ない。警察を恨んでいる、という可能性も捨てきれないが、犬養さんに恨みを抱えた人物を探るのが最善の一手に思えた。
「犬養さん、心当たりは本当にないんですか?」
「心当たりがあり過ぎて分からないな」
そりゃ、そうだろう。刑事なんてものは人から恨まれる仕事だ。ましてや犬養さんは一課にいた時に相当恨みを買った筈。そのどれもが逆恨みであるが、今はそんなことも言っていられなかった。
「最近は何かトラブルとか……」
「今、それを考えてるんだけどね。さっぱり、って感じかな。まぁアタシを恨んでる奴は割といるだろうけど、ここまできて殺そうとするほど恨んでる奴はいないだろうね。ましてやココは結構高いんだよ? 入り込んだり……従業員。確かココは住み込みで働かせてくれる筈だ。いや、でも犯人は浴衣姿だったしな。考えすぎか」
「従業員でも浴衣を着れば紛れ込める。捜査範囲を広げるのは必要だよ」
「心配してくれるのか、真空」
「当たり前でしょ。俺は二回も親を失うつもりはないよ」
銀竹が宿雪に突き刺さるかのようだった。鋭く尖った言葉が、私達の心を突き刺す。犬養さんは顔を顰め、私もまた唇を歪めざるを得なかった。
もしかしたら彼は事件に触れる度、過去の傷を抉られていたのかもしれない。そう思うと居た堪れなかった。やはり私は立派な大人ではない。そんな自身には、彼の近くに在る資格などないように思えた。
「犯人、捕まえましょう。このままだと私の身も危ないみたいだし……」
「分かってるよ。ちょっと黙ってて、今、考えてるんだから」
ピシャリと冷たく言い切られ、思わず口を噤む。さすれば犬養さんが身を乗り出した。
「お前、まさか犯人が分かっているのか?」
「分かって無いから考えてるんでしょ」
「だよな。そんなに簡単に分かったら警察なんていらないし」
警察とは関係のない狼谷君が事件解決してますよね、なんて思っても言ってはいけない。胸裏に止めた私は、煎餅の封を切った。一口目に齧り付いた瞬間、扉を叩く音で吃驚する。大きく肩を揺らし、音のする方へ目を向けると、扉越しに猿島警部の声が聞こえた。
「おい! 開けろ!」
「相変わらず乱暴だこと」
文句を連ねながら犬養さんが扉を開ける。すぐさま入室した猿島警部は、顔を赤黒くしたまま狼谷君の目の前に立つ。凄まじい形相で睨み付ける様に私は恐怖で震えた。
「どういうことだ?」
「なにが?」




