第42話「戯れ遊び」
「利用してるつもりなんか無かった。でもある日、猿島に言われたんだ『お前、取り憑かれてるぞ』って。その時、気付いた。アタシは検挙率を上げることばかりで真空の気持ちを考えてあげていたんだろうか、って。あの子が、いつ欲しい物をねだった? あの子が、いつアタシの出世を願った? これじゃ、あの子を信じなかった……声を聞いてあげなかった両親と同じじゃないか、ってね。それと、もう一つ後悔したのは子供を凄惨な事件現場に連れて行って〝誰か〟の言葉で話させたことだ。すっかり感覚が麻痺していたんだが、子供にとって殺人の瞬間を語る重みってのがどんなものか忘れていたんだ。アタシは、その時、親失格だと思った」
「誰かの言葉、ですか?」
「ああ。事件の真相を語るのは大抵亡くなった被害者本人だ。アタシは何度も、大人の言葉で、あの子に凄惨な出来事を語らせたんだ。自分を責めたよ。守ってあげたいと思っていたのに、愛していたのに、アタシは……」
同じだった。まだ高校生の狼谷君に私は何をさせていたのだろう。そればかりを考えて決別を選んだ。犬養さんもまた同じものを抱えて悩んだ時期があったのか。耳を傾けながら、私は彼女の過去と重ね合った気がしていた。
「陽正も思ったんだろう? まだ高校生の真空に何をさせていたんだろう、って。違うか?」
「当たり、です。後悔しました。大人びているから……大丈夫なのだと思っていました。銀行強盗の時も、刑事の私なんかよりずっと落ち着いていて、私が家を訪ねても顔色一つ変えない。むしろ私ばかり右往左往していました。だから忘れていたんです。彼が、まだ高校生だということを。そもそも狼谷君は部外者です。ペラペラと事件のことを話して、彼の口車に乗せられて、私は何をしていたんだろう、って。一人の人間として失格だと思いました」
「そうか。それを聞いて安心したよ。陽正は本当に真っ直ぐな良い子だな。じゃあアタシからは一つだけだ。それを真空に話してやってくれないか? このままだとあの子は、〝また信頼した大人に裏切られたんだ〟って思ってしまうかもしれない」
「信頼されてるんですかね」
「しているよ。あの子の言葉を信じてくれる大人は少ないんだ。〝嘘〟まで愛してくれる他人がいれば、きっとあの病気も治るんだろうな」
「犬養さんじゃダメなんですか?」
「アタシは親だ。あの子には、あの子の世界を変えてくれる他人が必要なんだよ」
つまり狼谷君にとっても、犬養さんにとっても二人は家族なのだ。こんなに愛してくれる人がいて、彼は何が不満なのだろう。愛情が足りない、此方を向いて欲しい、そんな気持ちから〝嘘〟が生まれるのなら、彼は満たされていてもおかしくない筈だ。
「陽正、もう上がれ」
「へ?」
「顔が真っ赤だ。のぼせたらリフレッシュにもならないからな。夕飯は豪華だぞ。腹を空かせていろよ?」
赤みが注した頬で彼女が笑む。白皙の肌と豊満な身体を携えた彼女は、豊かな胸を惜しげもなく晒しながら湯から上がる私に手を振っていた。