第41話「死に戯け」
「特別で在りたい、は愚かな願いか?」
「そんなことはないと思います。でも人を殺すのは良くないことです」
「そうだな。人を殺すのは良くない。だけど、きっとあの男も言葉のナイフで心を八つ裂きにされたんだろうな、なんて思ってさ」
だからなんだと言うのだ。犬養さんには悪いが、私は、ちっとも犯人の心に寄り添うことなど出来ない。あれを怨恨と言うには語弊があるし、〝恨み〟なんて言葉で犯してしまえることではないだろう。では〝恨み骨髄に徹する〟とでも表すれば、当て嵌まるのだろうか。否、私にはどうしても身勝手な殺人以外には思えない。こんなのは、ただの逆恨みだ。殺される謂れなどない。
「殺人を正当化するつもりはないし、凄惨な事件だったと思っている。でも『嘘は悪いことなんだ』と、真空を怒れないアタシには犯人を責める資格がないような気がしてね」
「それとこれは別の話のような気がします」
「そう、これは別の話なんだ。でも、そう括れないから人間というのは厄介な生き物だな」
「犬養さん、なにかあったんですか?」
「いや、なにもないよ。それより陽正は真空と何があったんだ? あの事件以来、連絡取ってないんだろ?」
「そんな話までするんですか?」
「一応、親子だからな。でも陽正を見ていたら分かるよ。何に迷って、何に悩んで、何に後悔してるのかは分からないけどね。でもアタシ達は似ている。てことは陽正の今の悩みもアタシが通ってきた道なのかもしれない、と思ってね」
「なんですかそれ」
少し茶化すように笑う。口元に添えた手からは水が滴り、ポタポタと水音を鳴らしていた。吹いた風が指先から体温を奪っていく。慌てて湯船に浸すと、再び温もりに包まれた。
「後悔しているんだろう? 真空を利用していた自分に」
よもや一発で言い当てられるとは。凍った表情で彼女の顔を盗み見れば、得意げに笑っていた。
「アタシも暫くの間、真空を連れまわして捜査してたからね。女で異例の出世、おまけに数多の事件を解決してた謎の正体は、あの子だよ。アタシが今の地位に在れるのは全部真空のお陰なんだ」
「そう、だったんですね」
「無意識だった。あの子は何も言わないし、出世に興味は無かったけれど、給料が増えればあの子にお金が掛けてあげられる。遺族にも感謝される。アタシも職場で居場所が出来る。……陽正も感じているだろ? 一課に女がいることの息苦しさを」
「はい……」