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オオカミ少年の真実【電撃大賞4次落選作】  作者: 衍香 壮
第3章「殺害の理由はいつだって生首に口づけするようなものだ」
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第40話「悪巫山戯」

「そうじゃない。いや、間違いではないが、アタシにとって陽正は仲間であり、可愛い後輩であり、守らなければいけない市民でもある、ということだ。つまり、お前の尊厳が傷付けられていると言うのなら、アタシは仲間として、上司として、一刑事として、人として、どうにかしてやりたいと思う。だけどアタシの目の届く範囲には限界があるんだ。それは人としてもそうだし、刑事としてもそうだ。この手で守れるものには、どうやっても限界がある。そんな時は自衛して貰うしかない。だから陽正、戦うことを覚えろ」


「たたか、う」


「職場は戦場だ。今迄も、これからも、アタシ達は戦っていかないといけない。〝我慢〟は身を滅ぼすぞ、って言っても、立場というものがあるしな……生きていくのは難しい。でも自分だけ耐えればいいというのは間違いだ。それだけは分かって欲しい」


「はい!」


「いい返事だ。じゃあ早速、温泉に行かないか?」


「もうですか?」


「長いこと車に乗っていて疲れただろ? 身体をほぐしに行こう」


 妖艶な笑みが私を誘う。荷物片手に襖を開け廊下に出ると、狼谷君が待っていた。手ぶらだが浴衣を身に付けているあたり、温泉に向かうところなのだろう。


「さすが分かっているな」


「アンタいつもそうじゃん。昔からババア趣味」


「付き合う真空もジジイ趣味だな」


「温泉に来て温泉に入らない方が無粋でしょ。あと、それくらいしかすることないし」


 肩を並べて歩む二人の後を付いて行く。仲良さそうに言葉を交わす様に、自分は邪魔なのではないだろうか、と思えてきた。会話の内容から察するに、この旅館には良く訪れているようだし、いつもは二人部屋なのだ。どうにも親子団欒の場を邪魔してしまったようで居心地が悪い。


 藍色の暖簾を狼谷君が潜ったのを見届けてから、私達も紅色の暖簾を潜る。なんでもない言葉を交わしながら体を軽く流し、犬養さんの誘いで露天風呂に向かった。


 身を突き刺すような寒さを堪えながら湯船に爪先を浸す。思いの外熱かったが、彼女の手前騒ぎ出すわけにもいかない。ちらつく雪に白い息を吐き出しながら、私は緩慢に湯船へ身を沈めていった。


 慣れてくると心地良い温度である。ほぅ、と深く吐き出した呼気は、立ち昇る湯気と共に空へ吸い込まれていった。


「前を見てみろ」


「え? ……すごい」


「だろ? 普段見ることの出来ない景色ってのは身に沁みるものだ。温泉も、たまにはいいものだろう?」


「ですね」


 双眸(そうぼう)に飛び込んできたのは勝景(しょうけい)。雪化粧された山肌に降り続く銀花は、掌に乗せると結晶を象っていた。人肌ですぐ溶ける様がまた幻想的で美しい。雪は舞い続けているのに、空が青く澄んでいる。佳景を瞼に焼き付けながら口角を上げると、犬養さんも嬉しそうに頬を緩めていた。


「真空は扱い辛いか?」


「え?」


「あの子は嘘吐きで、人との付き合い方がなっていない。でも悪い子ではないんだ」


「分かります。狼谷君は亡くなった人の為に動ける人ですから」


「二人の間に何があったかは分からない。でも、なんとなく見ていられなくて……老婆心がな。話をする機会も無ければ、人は疎遠になってしまう。真空を信じてくれる人には、離れていって欲しくないと思うんだよ。とんだ親バカで悪いな」


「いえ」


「一家惨殺事件は中々応えたか?」


「はい。まさか、あんな……何でもない理由で人を殺すなんて……それもあんな方法で……」


「アタシは犯人の気持ちが分からないでも無いんだ」


 両手で湯を(すく)い、そこを見つめる犬養さん。眼差しは諦念を(はら)み、眇眇(びょうびょう)たる水面に入り混じる沫雪(あわゆき)が人間の脆さを表しているかのようだった。

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