第39話「戯れがまし」
「猿島警部! 何してるんですか!? 探したんですよ!?」
「蟹江か。お前……警部はやめろと言っただろう!」
「あ~、すんませーん! そんな怒らないでくださいよ。プライベートなんだから楽しみましょう? ね、猿島さん?」
「まったく……なんでこんなところに来てまで見たくない顔を見なくてはいけないのだ!」
「あ、犬養警部に陽正! 二人はどうしたの?」
「陽正に息抜きをさせようと思ってね。お前らこそどうしたんだ?」
「俺達も似たようなもんなんです! ね、猿島さん!」
「……ああ」
眼差しが私に向けられ、野生の勘のまま瞑目する。怒られることを覚悟したその時、蟹江君が話題を逸らしてくれた。少しばかり目を見開き蟹江君を見やる。目が合った瞬間、気障にも片目を瞑った彼は誰よりも格好良かった。
「犬養、話し掛けるなよ」
「うるさい猿が騒がない限りはそのつもりだよ」
「ふんっ」
気に食わないとでも言いたげに鼻を鳴らした猿島警部が浴衣を翻す。その後を浴衣姿の蟹江君が付いていき、嵐が過ぎ去っていった。二人の姿が見えなくなったあたりで安堵の息を吐く。長距離走でもしたかのように肩で息をする私は、とても惨めだった。
「終わった?」
「ああ」
「狼谷君!? どこにいたの!?」
「ロビーの椅子。嫌な奴がいたから隠れてた」
「嫌な奴って猿島警部?」
「アイツは昔から真空に絡むんだ。さぁ、行こう」
私の問いに犬養さんが答える。ずっと黙りこくっていた女将さんは彼女に笑いかけると、案内するかのように白魚の手を滑らかに動かした。
「相変わらず仲がよろしいことで」
「喧嘩するほどってやつかな?」
「ふふっ、お二人にはもっとお似合いの言葉があるでしょう?」
「やめてください。もう終わったことですよ」
女将さんの楚々とした背中が意味深な言葉を象る。意味の分からない会話に小首を傾げていると、狼谷君に荷物をぶつけられた。
「痛っ!?」
「あ」
「ちょっと!?」
「ごめん、よそ見してた。てか自分で持ちなよ」
「分かってるわよ! 今迄ありがとうございます!」
「思ってない」
「思ってるよ」
狼谷君の手から自身の荷物をひったくる。彼と言葉を交わしていれば、宿泊する部屋に着いたらしく中に入るよう促された。
どうやら狼谷君は別の部屋らしい。私は犬養さんと入室し、荷物を畳の上に下ろした。
「狼谷君は別の部屋なんですか?」
「いつもは同じ部屋だけど、今日は陽正がいるからな。なんだ? 同じ部屋が良かったか?」
「そ、そういうことではなくてですね!?」
「分かっている。冗談だ」
笑声を零した彼女が座布団に腰を下ろす。慌ててお茶の準備をしていると、彼女は目を細め柔らかい表情をしていた。
「どうぞ」
「ありがとう。……お前、また腕が上がったんじゃないか?」
「本当ですか? いつもの成果かな」
「まだお茶汲みなんかさせられているのか!?」
「え!? で、でも最近は事件の捜査にも……」
「断ることが大事なんだ! 『お茶くらい一人で淹れれないんですかー?』って嫌味の一つでも言ってやれ! 女はお茶汲みの道具じゃないんだぞ!」
「で、ですが……」
猿島警部に言えるわけがない。猿島警部どころか上司の言うことに逆らえば、今後何が待っていることか。考えることすら恐怖でしかない。
人の命が掛かっているのなら、いくらでも逆らってみせよう。けれども、自分のこととなれば話は違う。どうしても〝私が我慢すればいいのだ〟と思ってしまうのだ。
諦めたわけではない。それでも〝他に何か手立てはある筈だ〟〝対立ではなく協定関係として、どうにか出来るのではないだろうか〟そう考えてしまうのだ。
「陽正、人の心は人の命と同等の価値がある。警察の義務が市民を守ることなら、市民の心も守るべきだと思うんだ。分かるか?」
「はい。被害者のみでなく、被害者家族の心も守りたいと思っています」




