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オオカミ少年の真実【電撃大賞4次落選作】  作者: 衍香 壮
第3章「殺害の理由はいつだって生首に口づけするようなものだ」
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第38話「遊び戯れる」

 *


「陽正、着いたぞ」


 心地良い温もりに重い瞼を持ち上げる。上司の車内で眠りに落ちてしまったことに気付けば、焦らないわけがなかった。


「い、犬養さん!? すみません!」


「あはは、いいって。疲れてたんだろ? 連れ出したのはアタシだし気にするな。旅館に着いたから降りないか?」


「た、ただいま! お待たせしてすみません!」


「上司のドライブで、いびき掻くなんてホント図太いよね」


「いびき……」


「陽正、安心しろ。嘘だ」


「わぁぁぁぁ!! 良かったぁぁぁぁ」


 溜息と共に甲高い声を上げ蹲る。「びっくりしたぁ」なんて吃驚の混じっていない狼谷君の声を聞きながら、私は慌てて上半身を起こすとシートベルトを外し降車した。


「犬養さん、お荷物お持ちします」


「大丈夫。真空に持たせるから」


「ふざけんな。陽正に持って貰えよ」


「はぁ? アンタ美女二人捕まえて何言ってんの? そんなのね、男の名折れだよ」


「自分の荷物くらい自分で持て」


「女の荷物くらい男が持て」


 暫し見つめ合ったかと思えば、狼谷君が犬養さんのトランクを肩に掲げる。そのまま旅館の入口に歩いて行った彼に彼女は「こらー! 陽正の荷物も持ってけー!」と背中を叩いていた。


 大きな荷物が二つになるも、狼谷君は文句一つ零さない。顔には嫌悪感を表すものの、大人しく新雪を踏み荒らしていた。


「すごい……飼いならしてますね」


「どうせ持たされるのが分かってるんだよ」


「お二人は、よくココに来られるんですか?」


「そうだね。纏まった休日があるとココに来ることにしてるんだ」


「何か思い入れでも?」


「そんなところかな。あとね中庭が好きなんだよ」


 濁した言葉が宙を舞い、彼女の表情を哀愁に染めていく。犬養さんの後に続いて自動ドアを潜れば、露出した肌が温もりを掠め取っていった。


 目の前には厳かな空間が広がっている。私は、それに瞬きを繰り返し、落ち着かないと言わんばかりに辺りを見渡した。


 額縁の中で存在を主張する書。温かみのある灯りに、高そうな絨毯が分不相応に思える。慣れた手つきでフロントに足を運ぶ犬養さんの後を追い掛けながら、私は横目で様相を確認していた。


「犬養様、いつも御贔屓にありがとうございます」


「女将さん、今日は突然のことだったのに無理を利いてくれて感謝してるよ」


「犬養様の頼み事なら喜んで。では、お部屋は此方に……」


「犬養に日辻!? 何故ココにいる!?」


「猿!? お前こそなんでいるんだ!?」


「俺の名前は猿じゃない! 猿島だ! 何回言えば分かる!? 犬みたいに小さな脳味噌には、同僚の名を記憶する能力すらないのか?」


「お前は人間のなりそこないだろう? 猿で十分だ。猿は猿らしく露天風呂に浸かっていたのか? 久しぶりの家族団欒は、さぞかし有意義だったことだろう?」


「俺の家族は日本猿じゃない!!」


 浴衣姿の猿島警部が、湯上りの汗ばんだ肌で近付いてくる。吃驚のあまり思わず数歩後ずさったものの、彼が私に目をくれることはなかった。


 いつもはオールバックになっている髪も今は下ろしている。幾許か雰囲気が穏やかになっているかと思えば、言葉の鋭さはいつも通りだ。口喧嘩を始める二人を狼狽しながら眺めるも、止めることなど出来なかった。


「あ、あの……」


 ご迷惑ですから、の言葉が尻すぼみしていく。先に旅館に入って行った狼谷君は、どこに行ったのだ。辺りを見渡すも、彼の姿は見当たらない。私は律動を早める心臓を携えながら、蒼い顔をしていた。

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