第36話「児戯に等しい」
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雪の壁に、真っ白な雪道。見渡す先には銀世界が広がり、陽光を反射している。煌々と輝く雪の結晶に、私は思わず目を煌かせた。
「すごい……」
「東京じゃ雪なんて滅多に降らないからね。たまにはいいだろう? こういうのも」
真っ白に染まった路を、黒塗りの車が走って行く。運転席でアクセルを吹かす犬養さんは、楽しそうに笑っていた。普段と違い、道路状況は相当悪いらしい。それでも彼女は怯むことなく、凹凸だらけの道を慣れた手つきで進んで行った。
「犬養さんは運転までお上手なんですね」
「地元が雪深い地域でね。知ってるか? あっちではよくスリップしてた」
「それ今聞きたくなかったです!!」
「冗談じゃないけど安心しな。事故ったことは一度もないからな」
それでも怖いものは怖い。なんて言えるわけもなく、私は意識を逸らすように窓の外へ目をやった。流れる景色は、どれも雪化粧を施していて美しい。普段見ることも触れることもない真っ新な雪原を荒らしてみたい衝動が鎌首を擡げていた。
「今、何考えてたか当ててみようか?」
「か、狼谷君!? 寝てたんじゃないの!?」
「こんな荒い運転で寝られるわけないでしょ」
「さっきまで爆睡だった気がするんだけど」
「あ、鹿」
「鹿!? どこ!?」
「嘘だけど」
「嘘かよ!!」
「嘘に決まってんじゃん。こんな街中に鹿なんかいないよ」
「ココ街中かな!?」
「田舎舐めんなよ」
「いや、街中じゃない。山の中だ。真空、そこまでにしてやれ」
返事は無い。後部座席の狼谷君はシートに背を預けると、つまらなそうに窓の外に目をやっていた。
一家惨殺事件から三ヵ月。あれから殺人事件はいくつかあったが、私が狼谷君に会うことはなかった。
数ヶ月ぶりの会話に緊張が走る。けれども彼はいつも通りで、だからこそ私も普段通りの対応が出来たのだと思う。というのは嘘で、本当は少し声が上ずりそうになったし、幾許か声音も明るくしたつもりだ。そうでないと声が出なかった。覚悟を決めて、喉に張り付いた言葉を繰り出したのだ。二度と会わないつもりでいたのに、これは何だろう。まさか犬養さんと三人で温泉旅行に行くことになるなど夢にも思わなかった。




