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第35話「戯けを尽くす」
——ヨナハーンの生首に口付けを。
厚く塗りたぐった紅を、冷たい口唇に押し付けるサロメは妖艶な娘だったそうだ。狂気と傾慕に彩れた須臾の舞台。俺がその様を眺めていたのなら、心を奪われていたに違いない。
銀皿の上に滴る葡萄酒が、大理石に滲みを作っていく。愛しい人の顔を持ち上げ、視線を絡めたサロメの気持ちを誰が考えたことだろう。美しく舞い、王に媚を売る。それがどれほど屈辱的か。それでもサロメはヨナハーンを仆したかった。
彼女はきっと、拒絶されることを恐れたのだ。愛する者を殺されることよりも、愛する者に拒絶される方が怖かった。
だから物言わぬ首に愛を哭し、口づけを施したのだ。拒まれないから僥倖だった。それを誰も知らない。
「復讐なんかじゃない。愛しいから殺した」
けれども、殺人の理由など誰も考えないのだろう。失くしてしまった命を悼むことしかしないのだ。俺は、そんな人々に言いたい。
——あなたは愚かだ、と。




