第3話「真っ赤な嘘」
「この後どうするんだ?」
「人質殺して逃走だろ」
「で、でも殺すのは不味いんじゃ……」
「うるせぇな……目撃者はいない方がいいに決まってんだろ」
強盗犯の言葉にその場の空気が凍る。頭の片隅で死を感じ恐怖していたが、それが現実になるなど誰も考えていなかったのだろう。
『助かりたい』『死にたくない』誰もがそう思っているのが、手に取るように分かった。
私だって死にたくない。けれど、人質の命も大切だ。ここは何とか交渉を、せめて時間を引き延ばさなければ。
その思いで口をパクパクと動かすが、肝心の言葉が出てこない。否、思いつかなかった。何を言えばいい。どう切り出せば。交渉術は何度か勉強したが、いざとなると頭が真っ白になって言葉を紡ぐ事は出来なかった。
どうしよう。どうしよう。そんな言葉ばかりがぐるぐると脳内を支配する。焦燥と緊張で首筋と背中は汗を掻き、手の平はしっとりと濡れていた。
「すみません。発言を許可して貰えますか?」
「あ? 何だよ? 命乞いか?」
瞬間、若い男の声が耳を突いた。途端、私は目を瞠る。何と黒に話しかけたのは、人質となっていた男子高校生だった。
しかし、私が瞠目したのは彼が高校生だからではない。まだ二十歳にも満たない青年が、ライフルを突き付けられているにも関わらず笑みを浮かべていたからだ。
「勿論、それも多少ありますけど。貴方達の利益になる事ですよ」
異様だった。どこの制服だろうと記憶の引き出しを探る。検索の結果該当したのは、都有数の進学校。
頭が良い人間は勇気もあるのか。男子高校生が頑張っているのだ。刑事である自分が何も出来なくてどうする。冷静に、冷静に。自分を落ち着かせようと胸中で唱える。
彼の話が終わった後、とりあえず言葉を発しよう。意味もなく希望の光が見えた気がして、私はそっと深呼吸をした。
黒も青年の異様な雰囲気に、動揺したのだろう。ライフルを突き付けたまま、先を促した。
「そこの紺のジャケット着てるポニーテールの女性。一課の刑事ですよ」
一瞬、呼吸の仕方を忘れた。パッと反射的に彼を振り仰げば、そこには嫌らしい笑みを浮かべた青年が此方を見ていた。
「おい! その女の荷物を漁れ!」
黒の指示で赤は焦ったように私の傍らにあったバックを漁る。しかし、中から出て来るのはスマートフォンと財布、化粧ポーチのみ。
それを見ていた黒は警察手帳が無い事に不審を覚えたのか、ライフルを青年に構えなおすと「死にたいのか」と煽った。
「バックじゃないですよ。彼女の胸ポケットを見てください。そうですよね捜査一課の刑事、日辻 陽正さん」
しかし、青年はその脅しに恐れるでもなく、平然と私の名前を口にした。途端、胸倉を乱暴に掴まれ私は呻き声を上げる。赤がジャケットを乱暴に漁る姿は、まるで獰猛な獣のようで寒気がした。