第29話「虚ける」
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朝靄が喉に沁みる。私は吐き出した呼気を肌寒い外気に溶かしながら、今にも閉じそうな眼を擦った。
「寝るなよ」
「分かってるわよ! でも、まさかこんなに早く集合掛けられるなんて思ってなくて……」
「だよなー、俺も眠いわー」
狼谷君の荒々しい口舌に声を張る。そんな私を無視した彼は、犯人を待ち侘びるかのようにスマホで時刻を確認していた。不満を顔一杯に表す私を宥めるかのように蟹江君が相槌を打つ。それに曖昧な笑みを返していれば、満面の笑みを向けられた。
時刻は午前、五時三〇分。朝焼けを目に焼き付けたの先程の出来事だ。一人だと何があるか分からないし、自分の身は守れても狼谷君を守れなければ意味がない。
蟹江君の番号を前に唸り声を上げていた昨晩。狼谷君が交渉してくれたことも奇跡だが、蟹江君が快く了承してくれたのも奇跡のような気がした。
「にしても、良かったのか? 報告しなくて」
「こんなこと報告出来ないよ。これも失敗したら懲戒免職だろうし。あ、蟹江君は私のせいにしてくれていいからね!」
「そんなことしないよ。片足突っ込んだら、両足突っ込むまでがセオリーでしょ。まぁ緊張し過ぎも良くないしチョコ食べよ?」
「え、あ、ありがと!」
「いーえ」
「さっき、コンビニで募金箱にお釣り入れてたよね」
板チョコを割った彼が私の掌に破片を落とす。一列丸々渡された為、それを両手で折り口に入れた。甘い薫りが鼻孔を吹き抜ける。口腔がチョコの味で満たされると共に、私は先程の出来事を口にした。
「見てたの?」
「うん。奢ってくれてありがと」
「大したことじゃないよ」
「蟹江君は優しいね」
「うーん、何ていうかさ。俺、施設育ちだから弟とか妹とか一杯いたんだよね。だからなんとなく年下は甘やかしたくなるし、募金箱とか見るとつい、さ。他人事とは思えないってほどじゃないんだけど、お釣りぐらいって思うんだよ」
「やっぱり優しいよ」
つまるところ、協力してくれるのも無惨に殺された被害者の為なのだろう。気を引き締めなければいけないにも関わらず、頬が緩んだ。
「来た」
「え?」
「足音が聞こえる。いい? 口は出さないでよ」
「手は?」
「お好きにどうぞ。懲戒免職にならないようにね」
嫌な冗談を言う。顔を顰めた私の顎を鷲掴む狼谷君は珍しく笑みを象っていた。
「その顔は銀行強盗の時の……」
「交渉するなら本気だからね」
そう言った彼が粗暴に顎を離す。掴まれていた部位を摩っていると、踵を返し緩慢に歩みを進める彼がいた。




