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オオカミ少年の真実【電撃大賞4次落選作】  作者: 衍香 壮
第2章「天才というのは、いつだって孤独でいたがる」
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第20話「前件否定の虚偽」

 *


「殺されたのは工藤(くどう) 昭雄(あきお)、その妻の(かえで)、そして娘、(いずみ)と、息子の(こう)。刃物で滅多刺し。現場はリビングダイニング。刃物はダイニングキッチンの台所にあった包丁。不審な点は犯人が被害者家族と一緒に過ごしていた可能性が浮上したこと」


「そんなことまで分かるの?」


「教えて貰ったからね」


 やはり〝幽霊〟は怖い。被害者が霊となって私達の行動を一部始終見ているのかと思えば、背筋が粟立った。なんらやましいことはしてないのだが、どうにも居心地が悪い。


「誰がいるの?」


「刑事さんですか?」


 撥ねる呼吸音と共に男性の声が聞こえる。背から聞こえたそれに呼応するかのように、私は声の主を振り仰いだ。


「そうですが」


「何かあったんですか?」


「ええ、事件が」


「事件!?」


 ランニングの最中だろうか。ウィンドブレーカーに身を包んだ男性が肩で息をしながら眉根を寄せていた。


「ランニングの最中ですか?」


「え? は、はい。会社に行く前に趣味で。俺の家そこのアパートなので、ここを通るんですけど行きには無かったパトカーが止まってたので驚いて……」


 彼の指の先を辿れば三階建てのアパートが見える。死亡推定時刻から犯人は逃走した後だが、一応話を聞いておくべきか。


「その時に何か変わったことはありませんでしたか? 変な物音が聞えたとか、不審者を見たとか」


「え? いやー、無かったと思いますけど……」


 普通の人間は、こんなものだろう。困ったような曖昧な笑みで彼が頬を掻く。三十前後だろうか。優し気な顔立ちに笑みを返しながら、私は「ご協力ありがとうございました」と目礼した。


「何時に家を出たんですか?」


 澄んだ声に柔らかな声色。狼谷君に眼差しを向ければ、銀行強盗を相手にした時のような別人がいた。


「五時半……少し過ぎてたかな? もしかしたら六時くらいかも」


 彼の回答に違和感を覚える。手袋を捲り腕時計を確認すれば、七時半に差し掛かろうとしていた。


「仮に六時に家を出たとして、今迄何を? 一時間半は経っていますよ」


 二人の間に割り込むように詰問する。目を瞬いた彼は再び困ったように唇を歪めていた。


「俺、疑われてます?」


「いいえ。疑問に思ったので聞いているだけですよ」


「その高校生は? いいの? 高校生にこんな話聞かせて」


「彼は私の従兄弟です。すぐ帰らせますから。ね、真空」


「うん。俺、余計なことを言ったみたいですみません。じゃあね、お姉ちゃん」


「気を付けて学校に行くのよ」


 我ながら棒読みだったように思えるが即興劇なら仕方ないと思おう。ゆっくりと歩いていく狼谷君の背から、私は男性へ視線を移した。


「それで……」


「何をしていたか、ですよね。疑われるのは嫌なので答えますよ。だからそんな怖い顏しないでください。

 ランニングコースに新しいパン屋が出来たんです。ずっと気になってたので朝ご飯に食べてきたんですよ。コーヒーが美味しかったので、つい長居してしまって、って、あ、今何時ですか? 七時半過ぎちゃいました?」


「七時半になるところですよ」


「すみません! このままじゃ会社に遅れちゃうのでこれで! もし何かあれば毎日走ってるので、その時にでも声を掛けてください!」


「分かりました。ご協力ありがとうございました。私、日辻と申します。此方、名刺ですので何か思い出したことがあれば署の方にお電話ください。私の名前を告げれば繋いでもらえるようにしておくので」


「分かりました。それでは!」


 爽やかな笑みを浮かべた彼が美しいフォームで走り去っていく。おおよそ疑われた人間が浮かべる表情ではない。私は蟠りを抱えたまま、彼がアパートを曲がるまで見つめていた。

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