第15話「空嘘」
「聞いちゃえば簡単だよ。彼女は死後硬直を使ったんだ。死後まず一~四時間で顎間接の硬直が始まる。七~八時間で四股の大間接の硬直が発現。十~十五時間で、指・足指の硬直が発現する。そして二十~三十時間で全身が最大限硬直。七十~九十時間で今度は全身の緩解が始まるけど、これは関係無い話だな。
これを参考にトリックを考えると、まず旦那を包丁で惨殺。指の硬直が始まる少し前に旦那の手に包丁を握らせ、そのまま最大限硬直するまで待つ。あとは旦那が握ってる包丁に背中からダイブ。それじゃ即死は出来ないから、他人の犯行に見えるように身体の向きを変えて死ぬのを待つ。自殺なのに、死ぬのを待つって言うのはおかしな気がするけどな」
「そんな上手くいくの?」
「実際上手くいったんだから、不可能犯罪が成立してるんでしょ。動機は旦那の浮気。それを許せなかったから殺したけれど、旦那のことを愛していたから、一緒じゃなければ生きている意味がないと思ったみたい。
旦那の手で死にたかったてのと、浮気相手に罪を着せてやろうとしたけど目論見は外れて息子に疑いが掛かった。浮気相手に何もないのは悔しいけれど、息子達に迷惑は掛けたくないから話す気になったらしいよ」
〝らしいよ〟まるで本人から話を聞いたかのような口ぶりだ。実際そうなのだろうけれど、今一信じられない。けれど、辻褄は合っていて、否定するには忍びなかった。
「証拠としては旦那の不自然な手の握りと、フローリングの新しい傷で十分なんじゃない? 多分ダイブした時に包丁の柄で凹んでると思うから」
「それ信じていいんだよね?」
「好きにして。オオカミ少年の一人言だし」
「また今度お邪魔します。お話はその時に」
すぐさま立ち上がり、感謝の意味で頭を下げると、私は彼の家を立ち去った。歩みを進める最中、鞄からスマートフォンを取り出す。一度深呼吸をして、着信履歴から上司の名前を探し出し、コールボタンを押した。
『もしもし』
「もしもし猿島警部ですか? 例の夫婦惨殺事件の件ですが……」