第13話「大嘘」
「だから言ったじゃん。いくらこの人が馬鹿正直だって言ったって、こんな話信じないって」
嘆息し、心底面倒臭そうに頬杖をつくと彼は私を見やる。言葉も出ない私だったが、彼の台詞に違和感を覚え逡巡した。
〝この人〟という単語は誰に向けたのだろう。確かに彼は此方を見た。けれど、目は合わない。それどころか、私のやや右方に視線を向けてはいなかっただろうか。そこまで思考が追いつき、背筋が粟立つ。
「あー、はいはい。分かった。分かったから。えっと……アンタの名前は日辻陽正、合ってるよね?」
誰に向かって返事をしているのか。彼は降参するかのように両手を上げ、只管相槌を打っている。突然投げかけられた質問に、肯定の意を示すと彼は更に話を続けた。
「誕生日は五月十二日、血液型はO型、身長百六十五㎝、好きな食べ物はアイス。お爺ちゃん子で、その愛すべき祖父は三年前に他界。猿島警部からはモラハラを受けており、逆らえない。性根は明るいが、先陣切って何かをするタイプでは無い。
両親、特に母親が厳しく、食事には煩かった。虫歯を極度に恐れた母親は、アンタに菓子類を禁止した。特にポテトチップス、チョコレート、アイスなんて以ての外。しかし、そこでアンタに甘かった祖父だけが、内緒で菓子を与えてくれた。
将来の夢が刑事だと知った時も両親が猛反対にも関わらず、祖父だけは味方し応援してくれた。こんなもんでどう?
ああ、爺さんの見た目は白髪のテッペンハゲ。緑のベストはアンタがプレゼントしたんだって? 今も身に着けてるよ。ズボンはジーパン」
息を吐くかのように告げられた私のプロフィールは、余す事なく正解だった。むしろ、祖父と私しか知らない筈の出来事も言い当てられ言葉が出ない。
当の本人にとっては大したことでは無いらしく、無表情で此方を見ているだけ。なんで、と声に出さず口をパクパクと動かせば、彼は思い立ったように口を開いた。
「アンタの爺さん、守護霊になって側にいるよ。よっぽど心配だったんじゃない? 信じるか信じないかは好きにしなよ」
「信じる……」
正直、半信半疑ではあった。けれど、調べた所で出て来る訳でもない情報の羅列には舌を巻くしかない。ここまでくれば信じない、という方が無粋だ。
「そう、なんでアンタを尾けてたかって聞いたよね? 爺さんに頼み事をされたからだよ。ついでに言えば強盗が来た時も『孫を助けて』って言われたから。
正直、俺は生きてる人間なんてどうでもいい。それは俺自身も含めてな。らしくないことはしたけど、助かって良かったじゃん」
それは、誰に向けた言葉なのだろう。自分の周辺を見渡しても、そこは当初と変わらない部屋が広がるだけ。私には確認出来ないだけでココにお爺ちゃんはいるのだろうか。そう思うだけで何故か胸が熱くなった。
彼に虚言壁があることを考えれば、コレが嘘である可能性も否めない。けれども、今の話は到底嘘とは思えず、素直に信じる事にした。その方が私にとって幸せであるし、彼だって、自分のことを信じてもらえるのは嫌ではあるまい。
「なんでそこまでしてくれたの?」