第12話「嘘偽り」
「この間とは全然違うね」
「こんな態度で、交渉に応じてくれるわけないでしょ」
「それもそうだけど……一人称まで違うし……」
「〝俺〟は使えないし、〝私〟なんて1番バカにしてるように見えるじゃん」
たしかに。なんて唇の裏で唱える。勿論、それが彼に届くことはなかった。
「……凄かったね。私じゃ、ああは出来なかった」
「前、本で読んだのを実践しただけ。『強盗犯を撲滅する十の秘密』ってやつ」
「そんな本があるんだ!」
「嘘だけど」
「嘘なの!?」
「アンタよく馬鹿正直って言われるでしょ?」
返す言葉がない。口を噤むも彼は変わらず熱いお茶を啜っていた。
「話がないなら帰ってくれない? 俺、これから友達来るから部屋片付けないと」
以前とは違いニコリともしない彼に違和感を覚える。この間の彼の雰囲気とはまるで別人のような表情や仕草に、動揺を隠せない。
いくら嘘吐きといえど、こんなに変わるものなのだろうか。些か疑問を感じながら私は口を開いた。
「それは嘘だよね?」
「なんで?」
「さっき帰って来た時、買い物袋持ってたでしょ? 中身は人参と玉ねぎと牛乳。友達が来る予定ならお菓子とか買って来るんじゃない?」
「もう買ってる可能性は考えてなかったの?」
「ウッ……でもそれなら買い物なんて行かないだろうし……」
「夕飯を振舞うのかもよ?」
「朝から夕飯の話!?」
「馬鹿では無いみたいで良かったよ。じゃあ早く済ましてくれない?」
抑揚など無い淡々とした口調で先を促す彼。会話の意図は掴めなかったが、話をしてくれる意思はあるようで安堵した。
「それじゃ名前と年齢を」
「相原 奏。二十歳」
「えっと……嘘、だよね?」
「そう思うなら訊くなよ。名前と歳くらい明日香に聞いて知ってんだろ」
「そうだけど、そういう問題じゃないって言うか……本当は署までご同行願いたいって言うか……」
「チッ……狼谷真空、高二。あとは何?」
面倒臭い、とでも言いたげに顔を顰めると、彼は観念したかのようにボソボソと質問に答える。私だって面倒臭いんだよ、と怒りが湧いてきたがそれでは話が進まない。グッと堪え事情聴取を続けた。
「なんであの時あそこにいたの?」
「バイト代出たから金を下ろしに」
「バイトしてないのに?」
「んなことまで知ってんのかよ」
「大体のことは犬養さんに……」
「あのババア……アンタを尾けてたんだよ」
「何で……そういえば、どうして名前も知ってたの?」
「アンタ、銀行行く前にコンビニ寄って、人にぶつかった挙句、警察手帳落としただろ」
「あ、うん。拾って貰って……」
「それ俺。あと無防備過ぎ」
「それで普通覚えて無くない!?」
「事実、覚えてただろ」
「そ、う、だけど……じゃあ私のこと尾けてたのはどうして?」
「アンタさ、俺が今言ったこと、全部本当だと思ってんの?」
「え? 違うの?」
「もう少し他人を疑うこと覚えたら? 人は嘘だろうが真実だろうが、自分が信じたい方しか信じないんだから」
「何それ……人は人を信じる生き物だよ。少なくとも私は人を信じたいと思ってる」
「ふーん。だから俺の事も信じるの?」
「勿論。私は命を助けてもらったし、そんな人が悪い人だと思わない。それに虚言壁があるみたいだけど、今はこうして応じてくれてるじゃない」
「じゃあ俺がこれから言う事も信じるの?」
彼は揶揄するように私に訊ねるも、その目は疑いを向けてはいない。あくまで確認するかのような問い掛けに私は迷いなく頷いた。
それを確認すると彼はゆっくり口を開く。まるでスローモーションのようなその動きは本当に滑らかで、彼の言葉を待つだけにも関わらず、私は緊張していた。
「俺、幽霊が見えるんだよね」
嘘。本当。どちらとも取れない彼の言葉に、私はただ目を瞠るばかりだった。