第10話「嘘吐き」
「その男子高生、黒髪の天パじゃなかった?」
「あ、はい。天パってほどじゃないですけど、髪はフワフワしてました」
「釣り目で怖い顔してなかった?」
「目は鋭かったと思います。顔は綺麗な方かと」
「制服だったんだよね? もしかして動明学園?」
「そうです! 有名ですし間違いないかと」
「成る程! 陽正『オオカミ少年』に会ったな?」
〝オオカミ少年〟私は彼女の言ってる意味が分からず、その言葉を何度も反芻する。何より、何故彼女が彼のことを知っているのか分からなかった。知り合いなのだろうか。疑問符ばかりの私の脳内を見透かしたように彼女は笑う。
「ホントに陽正は分かりやすいな。顔に全部書いてある」
「そうでしょうか?」
「うん。彼の名前は狼谷 真空。住所は……と」
犬養さんは胸元からメモ帳を取り出すと、名前と住所をサラサラと書き、その紙を私に差し出した。
「狼に谷でカミヤですか。珍しい苗字ですね。だからオオカミ少年なんですか?」
「それもあるだろうけど。彼ヒドイ虚言壁でさ」
「虚言壁。病的な嘘吐きってことですか?」
「んー、まぁ彼の場合はちょっと難しいんだけどね。普段は病的な嘘吐きだよ」
「そう、なんですか」
「銀行強盗の時にも兆しがあったでしょ? その後もね」
「そうですね。全然嘘だって分かりませんでした」
「呼吸するように嘘を吐くからね」
「もしかしてイソップ物語にも掛けてオオカミ少年?」
「そういうことみたい。まぁ、彼の周りの人が揶揄してそう呼んでたみたいだけど」
「過去に何か?」
「アタシから聞いたってのは内緒ね? 彼、強盗殺人で両親を亡くしてるの。小学生だった彼は帰宅後、瀕死の状態の両親を見つけて近所を泣きながら回ったそうだ。『両親が死にそうだ。助けてくれ』ってね。でも、近所の人間はそれが嘘だと思ったらしい。誰も応じてはくれなくて両親はそのまま息を引き取った。死因は包丁で刺された事による失血死。すぐに救急車を呼んだら、助かってたかもしれないんだがな」
「なんで誰も信じてくれなかったんでしょう……」
「アタシも当時はそう思ったよ。まぁ、後は本人に聞いた方がいいと思う。明日にでも会いに行っておいで」
眉根を寄せ、困ったような顔をする犬養さん。彼女が何故話を濁すのか、私には全く分からなかった。
犬養さんから貰った紙を指で撫ぜ、目で文字を追う。明日は彼に会いに行こう。そう決意した私は、始末書もそのままに家路に着いたのだった。