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オオカミ少年の真実【電撃大賞4次落選作】  作者: 衍香 壮
第1章「檻の中で繋がった縁は夫婦の絆に彩られる」
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第1話「嘘吐きは泥棒の始まり」

 許さない。赦さない。ユルサナイ。ゆるさない。


 憎悪と悋気が胸を占める。ふらふらと街を浮遊しながら、私は燃え上がる想いを制御出来ずにいた。

 自分が何処にいるのか分からない。自分が何処に向かっているのか分からない。それでも何かに呼ばれるように道を曲がり街路樹へ沿うように歩く。


「ゆるせない……どうしてこんなことに……」


 幸せだった筈だ。愛する人が傍にいて、笑って、泣いて、喧嘩して、仲直りして。そんな〝普通〟を過ごしていた。なのに箱を開けてみればどうだ。裏切られた事実だけを突き付けられる。両の掌に収まっていた筈の幸せは、とうに指の隙間からすり抜けていたのだと思い知らされた。


 女が許せなかった。けれど、それ以上に男が赦せなかった。激しいまでの嫉妬は刃に変わった。どんな形でも爪痕を残したかったのだ。私達が愛し合っていたという証を。


「うぅ……あの女……あの女さえいなければぁ……」


 ——私は幸せだったはずなのに。


 口を突いて出ない言葉が嗚咽に掻き消される。呑みこむ気の無かった言の葉が喉に詰まっている気がして苦しかった。号泣しながら街を彷徨う。子供のように泣きじゃくる私を誰も気に留めない。そんな些細な事象で、自分は本当に死んでしまったのだと実感する。


 不意に少年と目が合った。私の息子と同い年ほどの冷めた目の男子高校生。その瞬間、分かってしまった。憐れな幽霊が人に執着する意味を。


「ねぇ、私が見える?」


 少年に問えば彼は緩慢な動きで首肯した。


「助けて……! 助けて欲しいの!」


「何をどうすればいいの?」


「私の言うことを誰かに……いえ、け、警察に伝えて欲しいの!」


「貴女はどうして死んだの?」


「そ……れは……」


 此方を射貫く瞳に思わず口籠る。後ろめたいことが山ほどあったからだ。口を噤んでいれば、少年は踵を返して歩いて行ってしまった。


 行ってしまう。唯一無二の存在が。私にとっての蜘蛛の糸が切れてしまう。咄嗟に駆け出し付いていけば彼はコンビニに入った。慌てて自動ドアの隙間に滑り込む。壁を通り抜けられるのは知っていても、まだ慣れないこの身体では、ぶつかってしまいそうで怖かった。


「ま、待って! お願い! 君しかいないの!」


「この事件で合ってる?」


「え?」


 少年が掲げた新聞紙を覗き込めば、一面にデカデカと『密室夫婦惨殺事件その真相はいかに?』と書かれていた。私の家と顔写真も載っている。目を丸くしていると、無表情の彼は答えを急かすように「ん」と言う。


「どうして分かったの?」


「顔を覚えてたから。あとは普通の親なら息子さんのことが気掛かりだろうなって。なんとなく」


「よ、よかった……じゃあ警察に……!」


「それは出来ない」


「どうして……」


「貴女の言葉が真実だったとしても、無関係の俺が言ったことを誰が信じる?」


「警察なら調べれば!」


「その警察の重い腰をどうやって上げんのかって訊いてんの。『幽霊に聞きました』とでも言えばいいわけ?」


 信じるわけがない。私が何を話したとしても彼の口を伝ってしまえば、それは全て少年の言葉になってしまう。生前の私なら確実に信じなかった。幽霊も、幽霊が見える人間も。


 コンビニを見て回る彼が女性とぶつかる。どうやら余所見をしていたのは向こうらしい。先程から一度たりとも笑顔を見せることの無かった少年が人好きのする笑みを浮かべている。女性の背後には見守るように付いて回る霊体の老父がいた。どうやら老父も少年が見える人間だと分かったらしい。笑みを浮かべ会釈している。


「あ、あの人!」


 見覚えがあった。私がまだ家にいる頃、捜査をしにきた女刑事。上司にネチネチと嫌味を言われていたので覚えている。


「お願い! さっきの人を追いかけて!」


「知り合い?」


「捜査に来てた刑事さんなの! あの人なら……」


「明日香に言うよりは確実か……でも信じないと思うよ」


「それでもお願い。これ以上、息子に迷惑掛けたくないの!」


「分かった」


 少年は真剣な顔で頷く。私は胸を撫で下ろし口元を緩めた。駆け足で彼女を追いかければ銀行に入って行くのが見える。少年が歩みを遅めたので、私も彼に倣うようにスピードを落とし一歩後ろを付いて行く。


「君! 君! 助けてくれ! 私の孫が……」


 銀行の入口手前。彼女に寄り添っていた老父が、血相を変えて銀行から飛び出してきた。何事かと聞く前に少年が走り出す。銀行の自動ドアを潜ると同時に、私は生まれて初めて発砲音なるものを聞いた。


「これは……ちょっと厄介かも」


 少年は嘯く。その口元は緩やかに弧を描き、目は撓っていた。

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