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夢巡り、天の川号と共に  作者: ジェムシリカ
1章 夢という名の世界より
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第五話 狩人の過去


狩人は小さい頃、兄弟のいない狩人一家の長男だった。そこは街からは離れていたが、不便でもなかったそうだ。

両親は彼と同じように、魔物をむやみに傷つけたりはしない人だったらしい。そんな家庭で育ったこともあってか、彼の魔物に対する考え方は街の人々とは違かったらしい。

そして彼には、たった一人の幼なじみがいた。それは魔物だ。

具体的には、竜と人の子のハーフだったらしい。ちょっと男勝りな性格の少女が、彼の唯一の遊び相手だった。毎日のように会う約束をしていたという。二人はいつも、森の中のとても大きな切り株で会っては、朝から晩まで親に怒られるまで遊んでいた。ネックレスを作りあったり、川遊びではしゃいだり。

それは本当に、楽しい思い出だったそうだ。


けれど、彼がちょうど10歳の時。事は起こった。

彼の両親が処刑された。それはどうやら、金に目のくらんだ竜の子の親の、人間の方の仕業だそうだ。魔物への協力者を国に売ったのだ。

まあ結局その人間も魔物に嫁いだのだからと言って殺される事になるのだが。

それはさておき、結果として彼は国に保護される。竜の子とも別れを言えぬままの別れになってしまった。

その後悔もあってか、はたまた親がそうだったからなのか。彼もまた成人してからは、狩人という道を選んだ。

だが逆にその事が、親が親なら子も子だという先入観と相まって、国の彼に対する不信感を煽る結果になる。

またどうせ、裏切るだろう。そしたら、処刑すればいい。殺せばいい。

国は、そう考えた。

かつての友に会うまでは死ねない。

彼は、国の言うことを聞かざるを得なかった。

なんとか国の信頼を得るため、その狩人は国の従者たちが必要なものを集めることを条件に、国の外で狩人職を行う事を許された。

その条件を飲むならば、昔の友人に会えるという事だ。あの時、何も言わずに毎日の約束を破ってしまったことを謝るチャンスを作れる。


彼は仕方なく、その条件を飲んだ。

けれど、彼の根は優しかった。なんとかして魔物を殺さずに済むのではないかと、様々な努力をして、納品をこなしていた。寿命の尽きた魔物の一部を使わせてもらう代わりに手伝って欲しいことをやったりする。例えば、こんなやり方だ。ある程度はそれで上手くいっていた。


しかしある日、彼は彼の交渉人たちの前で魔物を殺す宿命を受けた。それは国にとっての彼の信用性を図るため。

彼の手には、得意の銃。そして目の前には、他の狩人が拐ってきたであろう幼い魔物の子。涙を流し恐怖する子供に、彼は手を震わせた。

観衆のヤジが、狩人の葛藤という天秤を揺らす。撃てない、自分には無理だと言いかけたその時。

そう、その時。

翼の生えた人型の何かが、音を大きく立ててそこに落ちてきた。と思うと、その子供を抱き抱えてすぐにまた飛び去った。

人々は何が起こったかは分からなかった。が、狩人だけは。それがあの時の幼なじみだと分かった。

けれども彼女の目には、何か強い意志を感じた。そして、その意志が確実に自分を睨みつけているように狩人は感じていた。

それだけで彼女はあの後どうなったのか、確かめざるを得なかった。


しばらくして、その魔物が何者であり、どこの者かという所在までが解き明かされた。どうやら狩人を殺して回っている、という魔物だそうだ。

そうなるとやはり来るのは、そいつを殺せ、殺して持ってこいという指令。

多くの狩人に出されたその指令には、とても高い懸賞金がついた。それもそのはず、魔物の中でも狩人を殺し回る凶悪な竜の子、なのだから。

そうなると幾ら狩人が束でかかっても勝つことはない。誰もがその竜の子に挑戦し、そして深手を負って逃げ帰るのがオチだった。もはや帰らぬ者もいたそうだ。

しばらくして、指令は狩人にも届いた。その対象者が、かつての幼なじみだという事を、彼は分かっていた。彼女に会えるチャンスなのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


彼は身支度をして、そこに記された目的地へ向かった。道中はゴツゴツとした岩山で、いかにも冒険者が向かうような険しさだった。薄気味悪いのは、その所々に他の狩人の残骸や遺物が転がっていたこと。

彼は内心怯えながら、目的地へたどり着いた。息を潜め、岩陰から様子を伺う。少し平たい場所だが、少し歩けばすぐ崖、あるいは岩壁が広がった空間だ。

そんな場所で、彼は意外なものを見た。



「泣いて、いるのか?」


ヴェナーディは岩陰から声を掛ける。すぐに鋭い視線を彼は感じた。


「そこに居るのは誰だ、出てこい!」


彼は迷った。少しだけ、彼女と会話を交わしていたかったが、きっと自分だとは分からないだろう。

ゆっくりと、彼は竜の子の前に姿を現した。


「また、狩人か?」


改めて見る竜の子は、ヴェナーディと友達だった頃のその容姿にそっくりだった。

左目に泣きぼくろ、人間の血が色濃く出ているため鱗化している肌も少ない特徴。その他髪の長さも、色も。服もサイズだけが違う昔の彼女が着ていたそれと同じデザイン。

ただ違うのは、狩人との関係だけ。


「親の代から、ずっとね」


その言葉には、どうしようもない悲しみを孕んでいた。昔のことなんてどうでもいい、それはもう昔みたいには戻れないんだから、という悲しみ。

けれど気になることは言っておきたい。


「殺し合う前に、話をしておきたい」


「なんだ、遺言のつもりか?」


少女は牙を向け、爪を立てる。まるで獣のように、いや獣なのだが。


「あー、まあそうだな。僕の遺言だな」


あらゆる感情が彼の心で渦巻く中、彼は平静を装って、言葉を投げた。


「まずさっき泣いていた理由。それが知りたい」


「魔物の感情など、狩人はどうでもいいはずだ」


少しずつ気が荒くなっていってるのを彼は感じた。どの言葉がいつ逆鱗に触れてもおかしくない。彼は慎重に言葉を選んだ。


「……僕は、そういう狩人じゃなくてね」


「昔の友に、申し訳ないだけだ」


いくら押し込めてるとはいえ、やはり怒りを少し露見させて彼女は返した。


「そうか。でそれは人間なのか?」


「っ!?貴様、どこまで私のことを調べた!」


急に間を詰めたかと思うと、喉元にその鋭い爪が突き詰められる。声帯でも掻っ切るつもりだろうか?

だが、彼はここで止まらなかった。


「僕は、彼の友人だ」


彼は嘘をついた。全てを確かめてみようとした。


「そんな筈はないアイツは——アイツの一家皆んな、殺された!馬鹿な私の親の所為で!!」


彼女はギッと狩人を睨む。だがその頰には、また涙が流れていた。


「それは嘘だ。僕は、国で保護されたアイツと仲良くなって、過去を全て聞いた」


「過去を……っ!?」


少女の額に汗が流れる。それは狩人も同様。だが、彼は話を続けた。


「アイツは、お前に会いたいと言っていた。そして、いつの日かの約束を謝りたいと」


「やめろ、やめてくれ……私には……」


「そして彼は、今日ここに来ると言っていた。だが、そのままだと殺されるかもしれない。だから彼が来ると伝えるために……」


「今更っ!!人を……狩人を殺している私が!アイツに……ヴェナーディに合わせる顔なんて無いんだっ!!」


咆哮のように周りの風がうねる。凄まじい覇気と、轟音に気押されそうになるが、まだ止まっていられない。


「だからまず僕が止めに来た。そうで無いと、会った途端にお前がアイツを殺すだろう、なぜならアイツは……」


「もういい、お前を殺す!そうやって私の心につけて来る輩はいくつも見て来た!!」


ヴェナーディを吹き飛ばし、間合いを広げる少女。しかも翼を大きく広げ、空を旋回している。

彼は持ち合わせていた武器に手を掛けた。

本来狩人達の持つ猟銃は、こちらに気付いていない獲物を狙う為のもので、戦闘的なものではない。

しかし、彼の武器は違った。

先端に鋭い切れ味を持つ剣を構え、持ち手部分には威力の高い拳銃の部位を持つ自作の武器だ。確かにこういう時の為に温めておいた武器ではあった。

それでも、彼女がかつての友だと知っている彼にはその武器を振るうのは心苦しかった。


「それにアイツはもう死んだっ!今日の夜、私はアイツを殺した国の連中に復讐する!!その手始めがお前ら、狩人どもだ!!」


ゆっくりと剣をその対象に構えるヴェナーディ。

それを見た少女は、やはりただの狩人だと思ったのか。目付きを変え狩人に向かって来た。

上空から駆け落ちるその速度は、とても何かに例え難いほど。

だが、ここで決めなければいけない、そうでなければ殺される。彼は慎重に弾を込め、引き金に指を掛けた。


「殺してやる、偽善者めッ!」


「撃つぞ!竜の子、いやミレアァーーッ!!」


だがこの勝負は、一瞬で決まった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「麻酔弾か、私を捕らえて何をするつもりだったんだコイツは……」


狩人の弾丸を間一髪で避け、それと同時に彼の胸元に爪で深い傷を付けた。しかもその一撃は、重力の力に則って加速をつけた一撃だ。深手で無い訳がない。

狩人は痛みと共に、気を失いその場に倒れてしまった。そんな狩人の銃や持ち物を少女は漁り始めた。


「こいつが何か持っているとしたら面倒だ」


例えば、何かの呪術の類なら厄介だ、それだけで私に呪いが掛かる、と持ち物を物色する彼女は次にうつ伏せで倒れている彼を横に転がした。


「今のうちに遺品を……っ!?」


だが、彼女は気付いてしまった。その胸元にある、赤黒い血の付いたネックレス。昔、沢で二人泥まみれになって見つけて来た宝石がそこにあった。


「嘘だ……」


彼女は、あまりの衝撃に腰を抜かした。その場で膝をつき、そして今度は、いつもよりずっと温かくて、以前とは違う冷たい涙を零した。


「そうだ……遺品を持って私を脅そうと、きっとそうだ」


けれどそれは全て見苦しい言い訳のように感じた。会いたかった昔の友のことも覚えてない。そんな自分を認めたくない、言い訳に感じた。


「……違う。私は彼を殺そうとした。この血は、私の友の血だ……」


多分彼は、自分に気付いていたのだ。そう分かってから、少女はその涙がいつも流していたのとは違う涙だと悟った。すぐさま彼を、安静な場所に運んだ。ミレアが、あの日からずっと孤独にすすり泣いていた寝床に。

止血を施し、薬を塗って……そして、彼女は何度も呼び掛けた。


「嫌だ、死ぬなっ!!お願い……目を覚まして……頼む、もう私を一人に……しないで……」


段々と言葉に力がなくなる。声が出ない、むしろ少女は声にならない嗚咽を漏らしていた。

けれど、狩人は目を覚まさない。

もはや、途中からただ彼の手を掴んでそこに顔を埋めるだけだった。

しばらくして。


「出来ることはやった、もう……仮に死んでいても。次に死ぬのは私だから」


その場から立ち上がって、涙を拭った。日は既に落ちている。

あぁ、どうせならもう一度生きているあなたに会って話したかった。

少女はそう思った。再び彼に目をやる。そしてゆっくりと目を瞑り、彼女はその場を後にした。


彼を殺してしまったこと。それは、少女に国に対するより深い憎悪を招いた。彼女により強い復讐心を植え付けた。


「ヴェナーディ、アイツらを殺してから。私も直ぐに、あなたに会いに行くから……その時まで、待ってて」


そう聞こえる声でボソッと呟いて、少女はそのか細い肩にそぐわない大きな翼を広げ、飛び立った。

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