1話 旅の始まり
「まずはどこに行くんですか?」
「んー、何か手掛かりでもあると良いんだけど」
ミルは列車から離れると、ゆっくりと周りを見渡す。
だがそこは辺り一面草原が広がっているだけで、目ぼしいものは何も無い。
「やっぱり、ここには何も無いね」
それもそのはず、天の川号を停車するには開けた場所でなくてはならない。
となると必然的に草原になるのである。
ミルは大きくため息をついては、リンに遠くへ行こうと目で合図を送った。
するとぴょんっと列車のドアから少女は飛び降りて、車掌の方へ歩き始めた。
「あんまりため息つくと、幸せが逃げますよ!」
ズボンのポケットに手を突っ込みながら、上半身だけミルは後ろのリンへ向ける。
微笑みながら、「何だい?それ」とミルは返した。
「ええと……何だったっけ?」
「って言われても、ボクも知らないよ」
「でもやっぱり、ダメなものはダメです!」
「ふふっ、そっかい」
リンとミルは、奥に見える森林に向かった。
その道中、リンはずっと空を見ていた。どこまでも青く澄んだ空。
そこには点々と色んなものが飛んでいる。
「ねえ、ミル。前にもこんな世界来たことあるの?」
空を見上げながら、リンはふと不思議に思った。
ミルはこの景色に、微塵の好奇心も見せない。もしや車掌の生まれ故郷なのだろうか?とも、彼女は想像した。
しかし、返ってきた答えは単純だった。
「ボクは初めての景色にはもう、慣れてるからね」
ミルも上を見上げる、微かな微笑みと共に。
やはり視線の先は、確かに色々な浮遊物を捉えている。けれども、車掌の目の色に変わりは無かった。
「私の景色はどうだった?」
「あれも見たことなかったかな」
「でも、驚かなかった」
「そうだね」
「そして私の所に来た」
「仕事だからね」
ミルの言葉に、リンは唇をぎゅっと結んだ。
それは淡々と会話が続く中、リンの心がその答えと違うものであって欲しかったが為に出た表面の合図だった。
「仕事だから?」
なんとか上手く返そうにも、結局はまとまらなかった台詞をリンは投げ掛ける。
「そう」
「じゃあ私を拾ったのも仕事、だから?」
「……うん」
少しの間があったものの、ミルは顔色を変えずに同じトーンで相槌を打った。
事実はそうかもしれない。しかしリンは、そんな理由で拾われただなんて言われたくは無かった。
そう思うと、彼女は少し悔しくもあった。
当然のことに対して、心のどこかでわがままな自分がいたからなのだろうか?
でもそれを認めたくないことだけは確かなのだ。
だからその思いは、いつの間にか体を動かしていた。
リンはミルを駆け足で抜くと、華奢なその両肩に手を置いては顔をグッと近付けた。そのままこんなことを言い放った。
「……じゃあ、私を拾ったのを仕事だからって理由にするのは禁止!」
「え?」
行動にも発言にも、ミルは戸惑う。
初対面とは違い、今度はミルが目線を下へ逸らした。
「友達になる為、私はミルに拾われた。です、今から!」
「う、うーん……」
「イヤ?」
「い、嫌じゃない!でも、友達なんて初めて言われたから……」
「じゃあ、恋人?」
「な、何言ってるの?!」
頰を真っ赤にして、上目遣いでリンを見る。その呼吸はいつもより少し早い。
「あっはは冗談です、私達は友達!」
「う、うん。友達だね?」
その言葉に頷くと、今度はミルより少し前を、また同じペースで歩き始めた。
足取りは軽く、胸につっかえていたものが取れたようだった。
だがその一方で、ミルはむしろ悩んでいた。
初めてあった時には無かった違和感。次第に他人とは思えずに話し込んでしまう自分。
「やっぱり……キミには、誤魔化せないかも」
「ん、何か言いました?」
「ううん。さっ、行こっか!」
天候は晴天。そよ吹く風は心地良い。
二人はそんな風に誘われる様にして、奥に臨む深い森林を目指した。
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森へ入って少し経った頃。
二人は奇妙にも、特徴的な空間が広がる場所を見つけた。
こういった場所は、夢を見ている当人の記憶に根強く残ったものが多い、とミルは言った。
「ここなら何か手掛かりがあるかも」
木の葉の隙間から差し込む日差しが丁度良く溜まった場所。中央には、印象的な切り株がある。
いい感じに開けた所を見つけると、ミルは周りに何かないか探し始めた。
「リン、あんまりボクから離れ過ぎない様に。夢は急に地形が変わったりして、分からなくなりやすいからね」
ミルの指示を受けると、リンは用心深くその後ろに引っ付く。そのまま二人は付近を探索し始めた。
だが二人は、なかなか手掛かりを見つけられずにいた。
そんな中、リンは何処からともなく聞こえる、何かの鳴き声を耳にする。
なんだろう、そう思う前には既に体がスタスタと声の聞こえる方に向かっていた。
そうして向かった先には頂上の見えない大木と、その根元で鳥……と人間が混ざった様な生き物、それがピーピー泣いている姿があった。
赤ん坊だろうか?まだ小さい。
「え、えっと……大丈夫?」
リンが駆け寄ると、その生き物は涙目で彼女の方を見た。その大きさは、リンのような少女の片手にも収まる程のサイズである。
そして次にその生き物の視線は、後ろの巨木の中でも少し低い位置の枝の方に向けられた。
目を凝らして見てみると、そこにはどうやら巣らしきものがあるようだ。
「あそこがあなたのおうち?」
リンが腰を低くしてそう尋ねると、赤ん坊は少し泣き止んでまるで彼女の言葉を理解しているかの様に頷いた。
リンは再び上を向く。巣までならば距離はそんなに無いし、木登りも出来ないことは無いだろう。
しかし彼女は上を見上げたまま、頭を悩ませた。
木に登るにも、この子をどうやって連れて行こうか……あるいはミルを呼ぼうにも、無意識の内に別れちゃったからなぁ……。
その時、赤ん坊はリンの頭の上にぴょんと乗った。
(そうか、それなら行けるかも……!
リンは頭に乗ったその赤ん坊を、落とさない様慎重に巨木を掴む。
次にゆっくりと、木を登り始めた。借りた服を汚さないように、赤ん坊が頭から落ちないように。
そうやって巣のある枝の高さまで辿り着くと、今度は枝に上からしがみつく様にして巣まで近付いた。
「ゆっくりと……慎重に……」
先端に行くほど細くなっていく枝。
掴み所を間違えれば簡単に折れてしまうかもしれない。
そしてこの高さから落ちたのならば、それこそひとたまりも無いだろう。
リンは冷や汗をかく思いで、枝に手を伸ばす。
(まずは右手……よし、大丈夫。後は左手を伸ばして、そっから雛がその巣へ飛び移れば……!
しかし左手を枝から離して、伸ばそうとしたその時。
リンは右手に、嫌な音とそれからなるより嫌な感触を覚えた。反射的に素早く左手を、目指していた枝に伸ばす。
しかし、次の瞬間。リンと頭の上に乗っていた雛は、声にならない悲鳴を上げた。
彼女たちは木から落ちたのだ。
テンちゃんおいてけぼり…?
次回の投稿は23日(月)の予定です。よろしくですm(_ _)m