1話 お互いのこと
「……それで、こっちが風呂になってるからね。特にシャワーっていうものが付いてて……」
軽く車両の内装を、車掌は説明していく。
「あっ、シャワーは知ってますよ!」
「そっか、なら説明はいらないかな。ってことはキミの時代にはそれがあったのかな?」
何気ない反応でも、自分の手がかりになるのだろうか。
彼女は何もかもが、分からないことだらけではないことは分かった。
それだけでも気は楽になるものだ。
「……ところで。この先の車両の紹介で最後なんだけど、その前に聞いておきたいことがあるんだ」
車掌はそう言って後ろを振り向いた。
車掌を先頭にして付いて来る彼女に、列車内の様々なことを説明し、最後の部屋の説明にたどり着く前だった。
「名前、は覚えてるかな?」
「名前……私のですか?」
そう、と言って車掌は彼女に近寄る。
改めて間近で見る彼女の顔はとても美人さんな様で、彼女は少し恥ずかしげに目を逸らした。
そしてボソッと答えた。
「葉山……鈴…だったと思う」
この世界に初めて来た時に、唯一覚えていたこと。初めて声に出す。
「はやま、りん……リンって言うんだね」
うんうんと頷くと、車掌は再び振り返って歩き始めた。
「この先の部屋にはね、入り口のドアの横に使う人の名札を掛けとく、いわばルールみたいなのがあってさ。そこはキミも使うだろうから……っとリンさん、も今後使うからね」
「リン、で良いよ。私の呼び方」
言い直した瞬間に訂正する、少し待ち構えていたかの様に。
「分かった。それじゃあ……」
リン、と呼ばれる前に彼女はもう一言加えた。
「名前、あなたの名前は何?」
呼び方に困るから。
そう付け足して、リンは車掌に問い掛ける。車掌は少し黙ってから口を開いた。
「ミル。それがボクの名前」
車掌は少しだけ躊躇うかの様にして、自分の名前を答えた。
(ミル、かぁ。
ちょっと可愛げのある名前だなぁとリンは思った。ただその感想は、ついつい口から出てしまったようで。
「やっぱりそう、だよね……」
ミルはため息を吐いて、最後の車両へと歩き始めた。
すぐにリンは気付き、ハッとした。
悪いことしちゃったかな?
なんとか誤魔化そうとは考えたけれど、思いつく前に寝室の入り口へ辿り着いてしまった。
「……さて、と」
気を取り直してミルは口を開いた。
「後でね、ここに名札を掛けてもらうんだけど」
ミルという名札の横にもう一つ、そこには名札を掛けられるフックがあった。
それを見た感じ今後の同居人、というよりは同僚の様にもリンには思えた。
「とりあえず一旦中に入ろうか。ちょっと本とか散らかしてるんだけど、大目に見てね」
彼女に続いてドアの先へ入ると、そこには車両いっぱいにベッドが敷き詰められている、そんな寝室部屋が広がっていた。
靴を脱いで入り口先に揃えると、二人はそのままベッドに乗って四つん這いで後ろの方に向かった。
部屋の壁や天井の後方半分は、窓ガラスで囲まれている。
「外の世界が広がってる寝室かぁ……」
さっきまで自分がいた外を眺めながら、ベッドの上に腰を落ち着かせてリンは呟いた。
「特徴的、かな?」
苦笑しながら、ボクが考えたんだけど、どう?とリンに感想を求めた。
リンは、ベッドにダイブしては半回転し、そのまま仰向けになって天井を見上げた。
「ううん。色んな世界の景色を見ながら眠りにつけるんだもん、良いと思う!」
旅行にでも行く様なワクワクした気分を言葉の節々に織り込む様にして、リンはそう答えた。
ミルも彼女と同じようにして、仰向けで空を見上げる。
視界に映る世界。
いつも一人で見ていた世界を、今日は少し違う気持ちでミルは見つめていた。
「……私は好き、だな」
「ええっと?」
リンの一言に、ミルは隣を向いて聞き返した。
「ミルって名前」
そう言ってリンは目を瞑る。
ただ、そんな何気ない気持ちで発した言葉でも、相手の心には意外と干渉するもの。
「そ、そっか」
ミルは少し嬉しくなって——少し恥ずかしくなって、リンのいる方とは反対に体を傾けた。
しばらく黙った後に、ミルはただ一言「ありがとう」と言った。
それはミルが彼女の寝息を立てたのを確認した後、でもあった。
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「ふわぁ……っえ!?」
気付かぬうちに寝落ちしてしまったリンは目を覚まして直ぐに驚いた。ミルが隣で寝ていたから、という訳ではない。
「ああ、おはよう。よく眠れたかい?」
彼女は窓の外にいた。
もちろん景色が変わった訳ではない。外は相変わらずの暗さである。
ミルはそんな中、僅かな車内の明かりを頼りに窓ガラスを拭いていたのだ。
ここにきて二人の名前がわかりましたねヽ( ´ ▽ ` )ノ
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