箱庭
俺は廃墟マニア、というやつだ。
今迄、色々な廃墟を巡り探検してきた。この街にも一つドデカイ廃墟がある。
打ち捨てられて久しい遊園地。
なんでもこの遊園地、没落した富豪が起死回生の一手で造り上げた遊園地らしいのだが、繁盛したのは最初のうちだけ、次第に客足が遠のき、あっという間に閉園へと追い込まれた、という代物だ。
何が悪かったのか、そんなものは俺の知るところじゃあないのだが、廃墟マニアの格好の餌食となるのは、なんの因果か。その富豪とやらも、まさか潰れてから繁盛するとは思いも知らなかったろう。
とはいえ、この遊園地、どうも曰く付きの廃墟のようだ。
俺の知り合いにも、何人かこの廃墟に臨んだものがいたのだが、それからパタリと音信不通となっている。何か良くないものでも集まっているのだろうか。
そういえば、この街自体、最近何やら不穏の空気に包まれている。
連日ニュースで取りだたされて有名になったのではないか、と個人的には感じている。勿論、悪い意味で、だ。
この街での事件は後を立たなかった。連続殺人犯が女子高生だったり、無人の電車が事故を起こしたり、埠頭で殺人事件が起きたり、あと、取材に来た記者が凄惨な事故死をしていたりしたっけ。
他にも数えだしたらキリがないかも知れない。しかも半年の間でだ。
何かこの街に悪いものでも取り憑いているのだろうか。
まあいい。考えてもしょうがない。俺は俺がやりたいようにするだけだ。
いよいよ、念願のその遊園地の廃墟巡りが叶ったんだ。案ずるより産むが易し。
軍手、動きやすい服装、歩きやすいようにスニーカーを履く。懐中電灯諸々準備も万端だ。場数をこなしてきただけ、この手の準備は目を瞑ってでも出来る。
今日の天気は快晴。絶好の探索日和だ。
さて、と俺は車に乗り、目的地へ向け車を発進させた。
車を走らせること約一時間あまり、目的地へと到着した。
市街地から少し離れたところにそれはあった。
嘗ては賑わいを見せていたであろう門扉は固く閉ざされ、『売り地』という看板が門扉の横に建てられている。門扉は風雨に長らく晒されていたためか、茶色く錆び付いている。
俺は車を降り、さてどうやって侵入しようかと思案するが、直ぐに門扉の鍵が何者かによって破壊されていた事に気が付く。よくよく見てみると、錠は門扉と比べて比較的新しい。恐らく、この土地の所有者だかが鍵を破壊されるたびに新調していたのだろう。そしてその甲斐無くまた破壊された、といったところか。
どうやら俺はついている。早速錠を外し、門扉を開けた。ぎいぎいと軋みながらも門扉を開けることには成功。
俺は再び車に乗り込み敷地内に侵入すると、門扉を閉め、内側から錠を再び掛けておいた。こうしておけば、侵入中にこの土地の管理人が来たとしても気づかれる事はあるまい。
俺は、車を進め、外から見えないところへ停車させ、エンジンを切った。
さて、いよいよだな。得も言われぬ高揚感が沸き上がってくる。
俺は先ず、城へ向かって歩きだした。やはり、一番の廃墟スポットをまず見ておきたいところだ。
道中、嘗ては舗装されていたであろう通路は雑草が生え茂り、来場客を賑わせていたであろう遊具は錆付き、中には崩壊してしまっているものもある。
廃墟を見て一様に思うのは栄枯盛衰、この世の無常。俺が、廃墟の虜になる所以だ。
歩き始めて約十分程度だろうか、漸く目的地に到着する。
眼前に佇む城を模した建物。他のアトラクション同様に、古錆び、更に建物の周りを蔦が絡まったことで如何ともし難い様相を醸し出している。まるで幽霊屋敷のようだ。
俺は意を決して扉に手をかける。意外にも、建物自体に鍵は掛かっておらず、すんなりと開けることができた。鍵が掛かっているものだとばかり思っていたので、流石にこれには拍子抜けした。
館内は当然真っ暗で、埃臭くかび臭い。
俺はリュックから懐中電灯を取り出し辺りを照らしてみる。館内の至るところにクモの巣が張っていた。
エントランスから上に向かう階段と下へ向かう階段。さて、どちらから攻めようか。ここは、やはり下から上へ攻めるのが定石だな。
俺は階段を降りていった。
下に降りていくにつれ、何やら埃臭さとカビ臭さとは違う何か異様な臭いがしてくる。なんだ?この臭いは?
降りきった所で、余りの強烈すぎる臭気に目眩と吐き気を催してきた。
なんだか異様すぎる。この様な経験は初めてだ。
俺は吐き気と目眩と闘いながらも地下通路を進んでいった。
通路の先は当然真っ暗闇。懐中電灯で先を照らしながら用心深く歩みを進める。
左右壁に挟まれた一本路。恐らく、従業員専用のスペースなのかもしれない。
いつからか冷や汗が止まらない。脳内では戻れ、と警鐘が鳴らされているような気がする。
暗い一本路を慎重に進んでいたためか何れ位の時間歩いているのか判らなくなってきた。
腕にしている腕時計へと目を落とす。時計は止まっていた。何故だ?
俺は恐怖のためか足を止め、通路の先を照らしてみた。先は全く見えない。まるで奈落の底に居るようだ。
「何をしておられるのですか?」
不意に背後からの声に俺は思わず悲鳴を上げかけた。
振り返ると、白いワンピースを着た少女が一人。
何故、子供が此処に?いつの間に傍まで来たのだ?
俺は混乱した。
少女はそんな俺を意に介さず、話しかける。
「おじさん、此処入っちゃダメなんですよ?」
「俺はこう見えてまだ二十四だ。それに、そういう君はどうなんだい?」
きっとこの子供もこの場所を遊び場にしていたのだろう。そう判断し少女に問いかけた。
「私はここの人間だからいいのです。おじさんは違うでしょ?」
ここの人間?ああ、この土地の所有者の子供、ということか。
それに、おじさんというのを止めるつもりはないらしい。
「や、俺は廃墟巡りが好きでさ。ずっと此処には来てみたかったんだよ。それで今日、来てみたんだ」
俺の応えに、ふーん、と少女は一定の理解を示してくれたようだ。
「ところで、君もこんな所で遊んでいて、親御さんに怒られたりはしないのかい?」
「うん、パパもママはもう大丈夫。でもレイとレンはすぐ怒るから嫌い」
レイ?レン?兄弟か?
「じゃあレイとレンに怒られる前に帰らないとな、えっと君は?」
「私?私はレインだよ?レイとレンは今は居ないから今のところは大丈夫だよ。だからね、此処でお絵描きしてるの」
「お絵描き?え?此処で?」
「そうですよ。こっちです。こっち」
レインと名乗る少女は屈託ない笑顔で俺の手を引っ張り駆け出す。
少女とは思えない力強い引っ張りにつられるように、俺は同じく駆け出す。暗闇の中を少女は迷いなく進む。本当に此処で遊びなれているようだ。そして、その場所は直ぐに到着した。懐中電灯で照らした時には何も見えなかったのにだ。恐怖が支配していたことで萎縮していたのかもしれない。
通路左手に重厚な扉が一つそこにはあった。そして、その扉を少女は開ける。
その中には……。
その室内の凄惨な有様に俺は「ひいっ」と悲鳴を上げずにはいられなかった。
首をもがれた死体の山。血塗られたキャンバス。
これをこの小さな少女が一人でやったというのか?半ば信じがたい光景が其処には繰り広げられていた。
此処に来た人間は皆帰ってきていない、という噂を聞いた。それを総合的に判断すると、この死体の山はこれまで行方不明になっていた人ということになる。
この少女が?この細腕で?
余りの信じがたい状況に俺は逃げるでもなく、唯々立ちすくんでいた。
不意に、背後から少女の声が耳に届く。
「丁度絵の具が欲しかったんだー」
少女の嬉しそうなその言葉を耳にしたと同時に暗転した。