第二話
ルーファスは自分が所属する西南部ラーサス神殿にカイルを連行した。そこからは厳しい尋問がカイルを待っていた………というわけにもいかなかった。
昨今では何かとそういった行為が見咎められることが多く、やれ拷問だの、精神的被害がどうだ、容疑者にも人権がある、等と言われるようになってしまった。町の治安を守っているのはこちらだというのにひどい話である、とルーファスは嘆きたかった。
しかし、決まってしまったことは仕方がない。ルーファスは怒られない範囲で圧迫をしながら、尋問をしていた。
「違います! 昨晩は彼女と会っていません!」
「本当か? 口論になったんじゃないのか?」
「そんな……彼女を失った上に、どうしてそんなことを言われなきゃならないんだ!」
とりあえずは尋問をしてみたものの、先ほどから二人の話は平行線になっていた。このままでは埒が明かないだろう。ルーファスは、自分の勘では、マイク機織りと関連はあるのだろうと思っていた。しかし、カマをかけてみるにも難しいく、情報が少ない今では追及しきれないだろう。
(これ以上の情報は出ないか……)
ルーファスの態度は、彼女の死を悼んでいる恋人にする対応ではなかった。しかし、カイルが悪党なのは確かだと判断し、厳しく詰問していた。
厳しい詰問にも関わらず、ばれない自信があるのか、もしくはこれ以上の追及はないとみているのか、カイルの態度が変わることはなかった。
「失礼するよ」
尋問部屋──余りに人聞きが悪いので懺悔室となっている──の扉が開かれ、一人の中年が中に入ってきた。思わずルーファスの顔がゆがむ。
(なんで、この人が……?)
入ってきた男は骸骨を思わせるような肉の付いていない体に、痩せた頬をしていた。レーゲンという名前で、西南ラーサス神殿の神殿長を務める司祭だ。そして、汚職が横行している原因でもある。
今は白みがかった髪だが、もともとは茶色で、肌の色も薄くない。つまり、ルーファスと同様にラーサス神の加護が弱い。身体的にも、ラーサス神の加護的にも、まったく優れていないはずなのに、この男は司祭に成れたのだ。
見た目では頼りないが、その実は恐ろしい男だ。加護がないまま司祭にまで昇進し、正義感強いものは左遷させたり、移動させたりすることで、西南ラーサス神殿のトップの座を維持している。
かつて、ある正義感が強い男がルーファスの上司になった。その上司は若干18歳で助司祭なるほど、加護が強い男だったが、見事にレーゲンにやりこまれて、地方都市の神殿長にさせられてしまった。司祭になっての移動だったので、左遷というわけでもないが、レーゲンの狙い通りに西南ラーサス神殿から放逐されたことになる。
いずれにせよ、この西南地区においてレーゲンは、ある程度の貴族と同程度の権力を持っているといっても差支えはない。
そんなレーゲンがこの事件にかかわってくるとなると、ただでさえも裏がありそうな事件が、さらに怪しく感じられた。
「ルーファス侍祭、細かい調査結果が出てましてねぇ……彼女は自殺でした」
「自殺……ですか?」
「そうですとも。 痛ましい事件だったが、自殺となると強くは追及できません。
おそらく流れ者の仕業だろうと思います。 さっそく、今晩から巡察を強化しますよ」
レーゲンはじろりとカイルを見つめると、口の端をつり上げるような形で笑みを取った。
「すみませんね、アナタも。 ルーファス侍祭に話した通り、流れ者の仕業でした」
ルーファスの肩にレーゲンは手を置くと、鼻にかけている眼鏡の位置を指先で調整した。
「ルーファス侍祭も、凶悪な事件だったため、ちょっと興奮しているようです。
許してくれませんか?」
「は、はい」
「そうですか、ありがとうございます」
カイルはレーゲンの独特な雰囲気に飲み込まれて、ただ頷くだけだった。
「でも……アナタ。 恋人が強姦されて自殺したんです、疑われたならもっと憤ったり、もっと悲しんだり感情をあらわにしてもいいんですよ?」
でなきゃ、まるで悲しくないみたいじゃないですかと、言外でレーゲンはそう思っていること匂わせた。
「はっ?」
「ああいや、何でもないですよ。 お帰りはあちらからどうぞ」
レーゲンはカイルを外へ促した。何か言いたげだったが、彼はレーゲンの妙な威圧感に押されれて、そのまま外に出ていった。そして、代わりにレーゲンがカイルの座っていた席に座った。
「かなり耳が早いね、ルーファス侍祭」
どうやら尋問タイムは、カイルからルーファスの番になったらしい。ルーファスは心の中で降参を示すように両手を挙げた。西南ラーサス神殿の怪物に睨まれるだなんてついていない。
レーゲンは手をお腹の上で組み、背もたれに体を預けた状態で座った。
まじめで有能な人物をレーゲンは嫌う。あまり目につけられないように動いていたので、ここに来て目をつけられる事になるのは問題だ。ラーサス神の加護が弱いルーファスは、この神殿であまり立場が強くない。
「久しぶりに手柄になると思ったんですけどねえ」
残念です、とルーファスはやや軽薄な印象を持つような口調で言った。レーゲンは有能な人物を嫌うとしたが、正確には御せる相手以外を嫌うのが正しい。この神殿で昇進できるまでは、この男の手綱から外れていない、と見せかけなければならない。
「後学のために、どんな調査結果から見出したのか聞かせてもらえませんか?」
「地道な聞き込みの結果ですよ。 どうです? 結構、俺もできるでしょ」
おどけたようにルーファスは言うが、レーゲンは値踏みをするような目で見ていた。
(よろしくない、よろしくないな)
冗談が通じないらしく、かなり手腕を疑っているようだ。普通は有能だと思われて喜ばしいはずなのに、無能と思ってほしいだなんてなんて悲しいのだろうか。ルーファスは手を広げて、降参という様子を見せた。
「なーんて……。 実は昨日の巡査で、彼とアメリア嬢が一緒にいるのを見てたんです」
「なるほど、運よく知っていたわけですか」
レーゲンは手を組んだまま、微動だにしない。今は彼に疑われてここから左遷されるのはかなりまずい。いまここで王都外に左遷されたら、昇進の道は絶望だろう。レーゲンのようなやつがのさばっているのは、今の神殿が腐敗しつつあるからだ。ラーサス教を正すためにも、今はこらえなければならない。
そんな野心だけでなく、一番重要なのは左遷なんてされたら妻に何を言われるか分かったものじゃない。これ以上、家庭内で身が狭い思いをするのは、彼は御免だった。
「もしかして、彼どこかの貴族の庶子とかですか?」
ほぼあり得ないだろうが、見当はずれな推理を見せれば警戒が緩むだろうといってみる。少し効果があったのか、レーゲンは手を組むのをやめて和らいだ雰囲気が少し出た。
「まさか、豊かな想像力ですね、ルーファス侍祭。 それだから調査に失敗するんですよ」
チクリと嫌味を言われるが、今は馬鹿にされるほうがましだと判断した。
「では、もういいですか?」
とりあえずはごまかせたようだと、ルーファスは心の中でほっと息を吐いた。調書の改ざんはどこから手が回っているのか、マイク機織りは関係あるのかと聞きただしたい気持ちになった。しかし、うかつに有能そうなところを見せると、自分の首がどうなるかがわからないため、彼は余計なことは言わないことにした。
「ああ、待ってください」
席を立ったルーファスをレーゲンが引き留める。まだ駄目かと、とルーファスは思いながら椅子に座りなおした。
「長い話ではありませんよ。 先ほど言った通り婦女暴行をするような流れ者がいるはずです。 夜警をするようにしてください」
そういうと、レーゲンは財布からソロヴァ銀貨を1枚取り出して、テーブルの上に置いた。
「支度金です。 受け取る様に」
普段夜警や、見回りをやったとしても金を渡されることはめったにない。つまり、これは口止め料と考えたほうが自然だろう。
「はい」
遠慮なくルーファスは受け取って、部屋を出た。
(……まさか、流れ者を犯人として処分する気か?)
ラーサス教徒において、もっとも罪深い行為は『偽りの裁き』を下すことにある。『法』を司るだけあって、その裁判は厳格ではならない。『偽りの裁き』を下したものは、故意でない場合は降格、故意の場合は破門となる。
もし、故意の『偽りの裁き』をするならば、もはやこの男はラーサス教徒ですらない。ルーファスは自然に金を受け取ってしまった自分も含めて、この神殿は腐っていると思った。