第二話「後始末─その2」
神殿を後にしたルーファスは、黒色槍騎兵団の駐屯所を目指していた。昼が近くなった王都では、より一層に黒色槍騎兵団の噂が広まったのか、いつもよりざわめいていた。
(皆はどう思っているんだろうか?)
噂話をする市民、怪しい者がいないか様子を見る自警団、近衛騎士、そんな風景を見ながらもルーファスは別のことを考えていた。この街のざわめきを見て、圭たちはどう思っているのか、そのことばかり考えていた。
圭はすべて織り込み済みなのだろうか、予想通りと斜に構えているのか。ラーフィリスはどのように捉えているのだろうか、圭さえ良ければそれでよいのか。そして、アニェーゼは何を思っているのだろうか。
喧嘩別れした以上、何かのきっかけがなければアニェーゼとケイの関係は修復できない。それどころか、アニェーゼが【復讐代行】や【龍の会】のことを外部に漏らそうならば、殺さねばならない。
思わぬうちにアニェーゼのことを考えていることに気づいたルーファスは、頭を振って考えて散らした。彼女のことは彼女自身が決めることだ、自分が考えてもしょうがないこと、ルーファスはそのように結論付けた。
もやもやとした思いを抱えたまま、ルーファスは駐屯所にたどり着いた。王都中の噂の中心である駐屯地では、クモの子を散らしたかのような大騒ぎだった。町の騒然さを凝縮したようなこの場所では、近衛騎士が聞き取りを行い、様々な書類がひっくり返されていた。上品な服を着た男が、近衛騎士と言い争いをしている。その男はおそらく、オーレンドルフ侯爵家から来た文官や従者か何かだろうとルーファスは予想した。
「ラーサス神殿のルーファスですが、聞きたいことがあって来ました」
「今は我々が捜査に当たっている。悪いがラーサス神殿は後にしてもらいたい」
「法のラーサス神殿が関わらずに何を判断できるというのですか?
あなたたちの都合のいいように捜査をするのでは?」
「ラーサス教徒は近衛騎士にもいる。清廉な調査を必ず行う」
「そういう問題ではありません。神殿と騎士団が協力することに意味があるんです」
「事は王国の治安に関わるのだ」
「治安維持は、我々も協力しています」
ルーファスが情報を収集しようと駐屯所を訪ねると、近衛騎士は邪魔だといわんばかりに立ち入るのを禁じた。むっとして反論したが、近衛騎士は一歩も譲らなかった。
ある意味予想通りではあったが、収穫もなしに帰ればレーゲンに白い目で見られることは確実だろう。それに妻のミカの機嫌を取るためにも何らかの成果を上げたかった。そして、ルーファス自身もある目的を持っていた。
どうしたものかとルーファスが悩んでいると、奥のほうで黒色槍騎士団の人間が彼を指さしながら近衛騎士に何かを伝えているのが見えた。その黒色槍騎兵団の人間は、ヴァディムを尋ねた際に、ルーファスを案内してくれた人物だった。
嫌な予感がしたルーファスは、先ほどの決意をすべて取り消し、この場所から引き返そうとした。しかし、それよりも早く、告げ口を受けた騎士が駆け寄って、ルーファスと話をしていた騎士に耳打ちをする。
話を聞いた騎士は、にっこりと両手をひろげてルーファスに話しかけてきた。
「ふむ、白の神官。君は昨日ヴァディム副団長と話を交わしていたそうだな?
是非とも、正しき裁きを下すために私たちにも話を聞かせてくれないか?」
「……よろこんで」
*****
近衛騎士に根掘り葉掘り詳しく話を聞きだされたルーファスは、うんざりとした表情のまま黒色槍騎兵団の駐屯所を後にした。
もちろんタダでは転ばないと、スプリングス騎士団長、ザック副団長の遺体が怪しかった話や、ヴァディムの怪しい対応なども脚色を含めて残らず話した。今回の事件を深読みして、【復讐代行】などに目が向かないことをルーファスは期待した。
また、ルーファスの目的も進捗があった。彼を近衛騎士に売った黒色槍騎兵団の騎士は、近衛騎士の尋問から解放された後、直接謝罪に来た。その際に、クロードの行方を聞くことができた。
騎士クロードは特命を受けて外出しており、近日中にはこの街から出発するとの話だった。こんな時期に特命で王都から離れることを許されるとは思えなかったが、そこはうまいことやったそうだ。
どのような取引をすればできるのか、ルーファスは興味が無いわけではなかったが、レーゲンからの指令をこなすためにはクロードが居なくなる前に、聞き込みを完了せねばならなかった。
黒色槍騎兵団の駐屯地から離れ、ルーファスはクロードが出かけた先、馬車を扱っている商会に向かった。
馬車を購入するという事は、クロードが誰かを連れて王都から離れる予定であることを示していた。今を最も注目されている黒色槍騎兵団の騎士が、誰かを連れて王都の外に出る事なんて可能なのだろうか。ルーファスは疑問に思いながらも店を訪ねた。
タイミングよく、ちょうど商会からクロードが出てくるところだった。ルーファスが手をあげて彼の視線を奪うと、顔を覚えていたのか、それとも法衣で気づいたのか、黒色槍騎兵団の駐屯所で見た神官だと気づいた。
「馬車の用意だけ進めていてくれ。俺は白の神官と話がある」
ルーファスからは死角になっていて見えなかったが、後ろに店員がいたようだ。店員はかしこまりましたと返事をして、クロードから離れた。
クロードはルーファスと同じように手をあげて挨拶をすると、彼に近寄った。
「どうも。たしか駐屯所に来た人ですよね?」
「ええ。西南ラーサス神殿のルーファス侍祭です」
しっかりと顔を合わせて挨拶をしていなかったので、改めて2人は自己紹介をした。ルーファスは笑いかけながら、クロードはわずかに表情を緩めて握手を交わした。
「それで、俺に何の用ですか?
ヴァディム副団長の事なら、俺は昨晩、王都の外へ出ていたから、知りませんよ」
「王都の外へ?」
「ええ、一昨日はヴァディム副団長の指示でオーレンドルフ侯爵の元へ。
そのまま昨日は別件でご隠居の元へ。
戻ってきたのは今朝です」
「……前オーレンドルフ侯爵へ何の用で?」
「それは機密に関わりますので」
最初から聞かれたらそういうつもりだった、と言わんばかりに落ち着き払ってクロードは答弁をした。追及したところで色の良い回答が得られる可能性は低く、興味がないわけではないが気分を害しても困るので、ルーファスは目的だったザック副団長のことを尋ねた。
「では、ザック副団長のことを聞かせてもらっていいですか?」
「……それはスプリングス騎士団長の件で、ですか?」
「はい」
クロードは追及されることを考えていたが、話題を変えてきたので一瞬だけいぶかしげにした。念のためルーファスの意図を確認したが、予想通りの回答が返ってきたので素直に返事をすることにした。
「俺はやっていないと思います」
「それはなぜですか?」
ルーファスが尋ねると、クロードは分かってないなとにやりと笑った。
「ルーファスさんは分からないと思いますが、黒色槍騎兵団にはザック派とヴァディム派、中立派があります」
「それは知っています」
「これらを言い換えると、ザック派旧派閥、ヴァディム派は新鋭、中立派は日和見となります」
「それで?」
「つまり、ザック派はすでに立場ができているんですよ。無理に冒険する必要なんてない、横領だなんてもってのほかです。」
「現当主からは嫌われていると聞きましたが?」
「そうですね。しかし、前当主や元騎士団長からの信頼は厚い。ともすれば、これまでの関係貴族からは重用されているということです。それらすべてをはねのける力が現当主にない以上、逆に醜聞を生み出す機会を避けると思いませんか?」
すでに利権や、立場が確立している人間は保守的になる。保守的な人間は現状を維持することを第一にするため、ノーヘルノーベルなんて危険なものを横領する必要はないということだった。ルーファスは理路整然とした話に納得し頷いた
しかし、ここに来てこのクロードという若騎士が気になった。ザックをかばう姿勢や、ヴァディムの態度、前侯爵に会いに行ったという言葉から、彼がただの騎士ではないということを示していた。
好奇心がますます増してきたが、ザック副団長の話を聞くことがレーゲンからの指示だ。そして、ルーファス自身の目的でもない。
「では、ザック副団長はヴァディム副団長にはめられたということですか?」
「俺はそう思っていますよ。スプリングス騎士団長と、ザック副団長が死んで一番得するのはヴァディム副団長ですからね」
ヴァディムが死んだこともあるだろうが、クロードは堂々と彼を批判して見せた。ヴァディムが怪しいという言質を得られたルーファスは、ひとまず満足し次の話題を振った。
「ザック副団長の養女であるベアータが行方不明とのことですが……」
ルーファスがベアータの話題を振ると、予想以上の反応が見られた。クロードは眉間にしわを寄せ、口元に力を込めて苦虫を噛み潰したような表情をした。あからさまに不快そうな表情を出したため、ルーファスも驚きを隠せなかった。
「知りませんね。どっかに隠れているか、のたれ死んでいるんじゃないですか?」
いきなり、突き放したような物言いにルーファスは困惑する。だが、その態度からそれなりに旧知であったことが伺えた。
「……ベアータさんと知り合いで?」
「ザック副団長には世話になりましたから。当然、養女であるベアータとも付き合いはありました」
ルーファスの困惑に気づき、クロードはわずかながらに表情を緩めるが、はき捨てるように関係性を話した。その態度が、逆に親密だったことを示しているようにも感じられた。
「彼女に何か不満が?」
「あのじゃじゃ馬の事だから、ヴァディム副団長の死に何らかの関係があるに決まっていますよ」
クロードの発言は事実に近いものがあった。万が一のことを考えると、真実に近づきかねないこの発言はルーファスにとって都合が悪い。レーゲンには表現を変えて報告しようと、彼は心に決めた。
「もし、彼女に出会えたらなんて言いますか?」
「勝手なことをするな。って言います」
「そうですか、わかりました。ご協力感謝します」
「……今のでいいんですか?」
ぶっきらぼうに言ったクロードの言葉にルーファスは安心して話を切り上げた。何を納得したのかさっぱり理解ができなかったクロードは戸惑いが隠せなかった。
だが、ルーファスにとっては、クロードから得られた話で目的を達成することができた。
第一に、ヴァディム副団長が怪しいという情報をラーサス神殿に持ち帰るということだ。騎士団内の騎士からも話が出ているとなれば、ルーファス自身の感覚による報告だけでない以上、スプリングス副団長、ザック副団長の死は改めて調査されるだろう。その結果、ザック副団長の不名誉が回復できれば最善だ。
ベアータを拾ったのはアニェーゼだし、世話をしたのはラーフィリス。そして、【復讐代行】として仕事にしたのは圭だった。ルーファスはほとんどかかわっていない、ベアータ自身にも会っていない。しかし、元々ルーファスが、ラーサス神殿がヴァディム副団長を告発することができれば、こうはならなかった。
今頃はベアータの自由を得ることができ、アニェーゼは圭に叱られつつも、珍しい善行に全員笑みがこぼれていたはずだ。つまりは、自分の力のなさ招いたともいえる。
そして、このクロードの様子を見れば、ベアータのことを案じているのが十分にわかった。ならば、ザック副団長の不名誉が回復し、運よくベアータを見つけ出すことができれば、奴隷という身分から回復する可能性だってある。
自己満足だろう。しかし、ルーファスは細い可能性だろうとも、そんな未来が生み出せるように、【復讐代行】の暗殺者としてではなく、【白の神官】としてこの事件の後始末に付き合うつもりだ。




