第一話「後始末─その1」
一夜明け、ヴァディムの屋敷が襲われた話は瞬く間に王都中へ広がっていった。
黒色槍騎兵団は武闘派であり、オーレンドルフ侯爵家が誇る精鋭だ。にも拘らず、一晩のうちにヴァディム副団長以下、屋敷にいた人々は皆殺しにされてしまった。その事実は、王都に住む国民を震え上がらせた。
すぐさま噂は肥大化し、王都内には他国の武装集団が潜んでいるという話にまで発展した。事態を重く見た国王は、近衛騎士に巡回を命じると犯人の早期拿捕を指示した。
当然のことながら、自治体や神殿も黙っていられるわけがない。自治体は一時的な人員増強や、義勇兵を徴集し巡回を強化した。ラーサス神殿や、カシュー神殿も見回りを強化した。
しばらくは物々しい様子が王都全域を覆ったが、二週間後に事態は急展開を迎える。
近衛騎士が襲撃した悪漢たちのたまり場に、帝国軍の隠密が潜んでいた。その場で遭遇戦となり、大規模な戦闘が行われた。しかし、人気が無い場所であったこともあり、目撃者は殆どいなかった。
手練れの隠密との戦いで、近衛騎士も負傷者を出したが無事に全員拿捕ないし殺害することに成功した。
拿捕された密偵は厳しい尋問の末、ヴァディム殺害を自白した。拿捕時の怪我や、尋問時の不慮な怪我が原因で、密偵は全員死んでしまったため、完全な詳細は明らかにならなかった。しかしながら、犯人を捕らえることに成功したため、こうして事件は幕を閉じた。
むろん、表向きに用意した偽りの解決だ。真実とは異なるが、世間的には2週間たらずで、ヴァディム暗殺事件が終わったのだ。
では、黒色槍騎兵団はどうなったかというと、早々に解散の憂き目にあっていた。たった数日で騎士団長と、ナンバー2、3である副団長が死んでしまったのだから組織としての体裁を維持できなくなってしまったのだ。
また、オーレンドルフ侯爵家事態にも動きがあった。家督を継いだばかりの現当主が病に倒れ、隠居していた前当主が再び実権を握った。
むろん建前であり、現当主派後継ぎとして不適と判断されてしまっていた。病という理由で幽閉された現当主は、数年後に死ぬこととになる。
前当主にとって騎士団長スプリングスという男は、現当主よりも大事な人物だった。
最終的に事件は数か月もたたないうちに風化していった。しかし、ひとまずの解決を得るまでの王都は、まるでお祭りのように大騒ぎだった。
*****
ヴァディム殺害の夜、アジトでアニェーゼと圭は喧嘩別れとなった。致し方ないと判断したルーファスは、早々に家へと帰り、泥のように眠った。
著名な黒色槍騎兵団の副団長の屋敷を襲撃するというのは、精神的に大きな負荷をかけていた。特にモヒーナとの戦い、一歩間違えれば重傷を負ってもおかしくない戦いだった。疲弊した精神は、逸早い休養を求めていた。
翌朝になり、不機嫌そうな妻のミカに頬を引っ張られるまで、ルーファスは熟睡した。
朝遅くまで寝ていたルーファスは、目の前に人の気配を感じた、夢うつつのままルーファスはぼんやりと目を開くと、目の前にはミカがいた。体を屈ませて、じっとルーファスを見ている。ルーファスがそのままぼんやりとミカを見続けると、彼女は顔を赤らめながら彼の頬を引っ張った。
「昨日は、ずいぶんと熱心に見回りをしてたのね?」
「手柄を取ろうと思って……」
咄嗟に出る言葉が言い訳なのは、夫婦生活が培った習性だ。別にやましいことは……あるが、ミカに対する不貞というわけでもない。堂々とするべきなのだが、ルーファスは完全に尻に敷かれていた。
「そう、じゃあやるべきことがあるわね?」
「直ちに起きます!」
今日はゆっくりと神殿に行こうとルーファスは思っていたが、ミカの眉尻が吊り上がったのを見て不機嫌だと気づいた。不機嫌な妻に睨まれ続けるのはたまらないと、彼は急いで飛び起きた。
バタバタと慌てて起き上がり、寝室からリビングに向かう夫を見て、ミカは嘆息した。別にルーファスを蔑んだわけではなく、夜も遅かったため休ませていればよいのに起こしてしまった自分に対するため息だった。
神殿へ行く準備を整え終わり、ルーファスは今の席に着いた。ルーファスが席に着いたのを見て、ミカがすぐさま朝食を出した。ジト目で睨みつけてくるが、どんなに不機嫌でも家事を欠かすことがないミカに、ルーファスは心で感謝をした。
今日はパンと野菜の煮込みスープだった。王都では手間さえかければ大して金をかけずに毎日焼いたばかりのパン──といっても一日前程度だが──を食べることができる。こういう所にもミカのやさしさが現れていた。ルーファスは壁にかけてあるラーサス神の聖印に向かって祈りをささげる。
「今日も糧を与えてくださりありがとうございます」
せっかくの朝食だったので、ルーファスは味わって食べることにした。焼き立てとはいえ安めのパンであり、普通に咀嚼するには硬すぎる。ルーファスはパンを片手でちぎると、野菜スープに浸した。スープを吸い込んで柔らかくなったパンを、野菜と共に食べる。野菜のうまみと塩味、パンから感じる甘さが口の中を楽しませてくれた。
所詮は侍祭の家庭で出される朝食のため、量は多くなく小腹を埋める程度しかない。ルーファスはぺろりと、出されたものを食べ終えた。
「ご馳走様」
「どういたしまして」
ミカもルーファスと共に食事を取っていた。自分が起きるまで食べるのを我慢してくれていたことに気づいたルーファスは、思い込めて御馳走さまとお礼を言った。
お腹も膨らみ、落ち着いて外を見ると、だいぶ陽が昇っていた。予想以上に寝ていたことにルーファスは驚いた。いくら昨晩は夜の巡回、という事にしていたとしても、これ以上遅くなるのは問題があった。
ルーファスは朝食後の休憩を早々に切り上げると、残りの準備を済ませ、神殿に出勤することにした。
「行ってきます!」
「あなた!」
玄関で振り返り、ミカへ声をかけると彼女は慌てた様子で話しかけた。
「……よくわからないけど、昨日大きな事件があったらしいの。
気を付けてね」
「……そう、わかった」
「本当に、気をつけなさいよ」
きっとヴァディムの事だろうなと思ったルーファスは、思わず生返事を返してしまった。真面目に聞いてないと思ったのか、ミカが念を押してくる。
大丈夫わかっているからと、心の中で返事をしながら、ルーファスは家を後にした。
*****
しかし、実際のところルーファスは全く分かっていなかった。外を出てしばらく歩くと、自警団が緊迫した表情で巡回を行っていた。町中でヴァディムの屋敷が襲撃された話が飛び交っており、一般市民は不安そうな表情をしている。
市民の不安を解消するためか、国王の近衛騎士団までが巡回をしていた。今回の事件がとんでもなく重く見られていることをルーファスは実感した。
いくら『龍の会』とはいえ、王都全体の混乱をフォローできるとは、ルーファスには到底思えなかった。
そして西南ラーサス神殿についた途端、ルーファスはレーゲンに呼び出された。直前までヴァディムと話をした外部の神官であり、有力な情報に乏しいことから、レーゲンはルーファスから情報を聞き取ることにした。
昨晩にあったことを根掘り葉掘り聞かれ、自分が疑われているのではないかとルーファスは肝を冷やした。さすがに裏稼業を続けていればアリバイ工作も得意で、疑われない程度に情報を隠しつつ、辻褄が合わなくならないようにうまくルーファスは話をした。
ルーファスからろくに情報が得られないと判断したのか、話を途中で切り上げると、黒色槍騎兵団でヴァディムとした話を確認した。
「ノーヘルノーベルの横領ですか……」
レーゲンは白髪交じりに髪を片手で掻きあげながら、こめかみを押さえた。頭痛をこらえているような仕草にも見えるが、これがレーゲンの考える際のポーズだった。
「ノーヘルノーベルの横領が事実なら目的は何だ?
金にしにくいならそのまま使えばいい……。爆弾として使うなら攻城か、対軍か……」
ぶつぶつとレーゲンは推理を進めていくが、誤った方向に進んでいた。しかしそれも当然であり、ルーファスから得られる情報は、断片的なものだ。当事者であるベアータの話を知らない上に、騎士団長、2人の副騎士団長が全員死んだこの状況が、どうしても大きな陰謀を感じさせてしまっている。
「ああ、申し訳ないですね。キミは話しかけることをヴァディムに止められたっていう、クロード君を探し出してザック副団長の話を聞いてください」
「はあ、わかりました」
自分の世界に入っていたレーゲンは、ルーファスが指示を待っていることに気づき、おざなりに指示を出した。ルーファスはその指示に対して生返事を返した。
「まだ何かあるのですか?」
「一つ聞いてもよろしいですか?」
「どうぞ」
指示を受けてもルーファスが動き出さないので、レーゲンはどうしたと問いかけた。
以前、レーゲンは『黒色槍騎兵団のようなモノに異常が起きると影響が大きい』という事を話していた。実際にその状況になったので、これからどんな影響が考えられるか聞きたかった。
「以前、レーゲン司祭は影響が大きい過ぎるため、黒色槍騎兵団は追及してはならないと言ってましたが」
「そうですね。
確かに、奇しくもヴァディムが死んでその状況が作られてしまいましたね」
王都はルーファスが想像した以上に大騒ぎになっていた。とてもじゃないが、『龍の会』が後始末をつけられる状態とは思えなかった。しかし、この状況を生み出したのは自分でもある。少しでも混乱を防ぐことが、ラーサス信徒である自分の仕事だと思った。
「今は近衛騎士団が巡回をしていますから落ち着いていますが……。その効力が失われたときに果たしてどうなるかという事ですね。
まてよ……近衛騎士団の動きがあまりに早すぎる……。つまりは予測していたとでもいうのか……?」
再びレーゲンは推理の海に沈み、彼の頭の中では大きな陰謀が渦巻いていた。一方で、ルーファスは背筋に氷柱を差し込まれたかのような思いを抱いた。
もし、レーゲンの推測通り近衛騎士団、もしくはそれに命令できる立場の者がヴァディム暗殺を知っていたとするならば、『龍の会』は王国の中枢にまでも影響を及ぼせることになってしまう。
これまでは『龍の会』とのやり取りを全て圭に任せていた。しかし、自分もかかわっていくべきなのではないのだろうか、ルーファスはそう思った。そして、レーゲンの独り言をこれ以上聞くのは、精神的衛生に良くないと判断し、ルーファスは部屋を後にした。
巷では三連休とかお盆とかあったらしいですが、私は連勤でした。
という言い訳です、更新遅くてごめんなさい。




