第七話「【心臓破りの】由来」
「『黄金の鋼の筋肉でできた体に隙はない。身体硬質化』」
ヴァディムの書斎の前についたアニェーゼは、突入前の準備として体を強化する魔法を唱えた。『身体硬質化』の魔法は、魔力で体を覆うことによって、鋼鉄に近い硬度を得ることができる。ただし効果は一度きりで、強い衝撃を受けると解けてしまう。また、あくまで固くなるだけのため、振動や衝撃は体に伝わってしまう。そのため、この魔法を過信したある男は、頭をハンマーでフルスイングされ、脳みそがぐちゃぐちゃになって死んだ。そんな馬鹿にならないように注意が必要だ。
「さて……」
アニェーゼは【心臓破りの】と呼ばれるほどの暗殺者だが、実際のところは優れた魔法を使えるわけでも、特別優秀な戦士というわけでもなかった。必殺技はあるが、一度見られた場合は対処される可能性もある。
ある意味当然だが、暗殺という技術に優れた魔力と優れた身体能力が必要というわけではない。必要なのは、対象の油断と一撃で殺す手段だけで、その気になれば子供にだって暗殺は可能だ。
となれば、正面から相手を殺すという方法は、アニェーゼにとっては不利な方法という事になる。その上に、相手は騎士団の副団長を務めるほどの強者だ。容易にこなせる相手ではない。ならば、頭を使う必要があった。
「ふんっ」
如何にしてヴァディムと対等に渡り合うか、考えてアニェーゼは鼻を鳴らした。そして、にやりと笑うと、下唇をぺろりと舐めた。別に戦うのが好きなわけではないが、こういった困難に立ち向かう際にぞくぞくしてしまう性があった。
襲撃にヴァディムは気づいているだろう。気づいていないのならば、わざわざどう戦うかを考える必要はない、その価値もない。次に、ヴァディムの性格を考える。執拗に逃したベアータを追わせたり、ザックの屋敷をずっと監視させたり、使用人に暇を出したりするような男だ。用心深く、神経質であると思われる。ならば、侵入者を正面から待ち構えるような男ではないだろう。
つまり、待ち構えている可能性が高い。ならば身代わりが必要だ。
「『私は人形、傷ついているのは私じゃない。だから、私が痛い思いをする必要はない。
精巧な人を模したドール。人形作成』」
アニェーゼは廊下に置いてあった木工細工をつかみ、手元に引き寄せる。そして、『人形作成』の魔法を唱えると、どことなく姿かたちがベアータに似通った木製の人形が出来上がった。
「ベアータ、悪いけど行ってくれ」
ベアータの姿をした人形をおとりにするのは気が引けたが、アニェーゼは命令を出した。木製のベアータ人形はアニェーゼの指示を忠実に守り、扉を開けて中へと入る。その背後に隠れるようにベアータも後を追った。もし、待ち構えていた攻撃が爆発物や爆裂魔法などの広範囲に及ぶ攻撃だった場合は、ベアータ人形ごとアニェーゼもやられるが、それはないとアニェーゼは判断した。木製の階段や、インテリアなどで屋敷を着飾る男が積極的に、屋敷に傷をつけるとは思えなかったからだ。
人形が扉の中に入ると、ひゅんという風切り音が聞こえた。投擲系の攻撃を受けたと判断したアニェーゼは、人形を奥へと走らせながらも、人形で作った壁を利用して、部屋の内側へ横跳びに侵入する。
遮られていた視界が解消されると、扉からまっすぐ進んだ先に机があり、その上にはクロスボウが仕掛けられているのが見えた。クロスボウの矢を正面から受けたベアータ人形は胸部を破壊される。【人形作成】の魔法は形状を維持できなくなると自壊してしまう。ベアータ人形は壊れた部分から木片となって崩れ落ちた。
クロスボウを見ると、紐が付けられており離れたところから操作できるようになっているのが見えた。紐の先をたどると、ちょうどアニェーゼと対角線上の壁際に男が立っていた。壁際の男、すなわちヴァディムは、剣を抜いてアニェーゼの方に視線を投げている。アニェーゼは横跳びから前転して立ち上がると、体をひねらせながら錐状の投擲武器を投げた。
「シィ──ッ!」
「ふん!」
アニェーゼが投げた投擲武器は、あっさりとヴァディムの剣ではじかれた。ヴァディムははじいた物の確認じゃせず、ちらりと朽ちていったベアータ人形を見た。
「本人かと一瞬思ったが……ただの木材人形か」
アニェーゼとヴァディムは4メートルほど距離を取ってにらみ合っていた。ヴァディムの獲物は剣だが、アニェーゼの戦法がわからないため距離を取って警戒をしていた。
「お前は何だ? どこの手の者だ?」
アニェーゼを警戒しながら、ヴァディムはゆっくりとボウガンが置かれている机へと歩いていく。位置を変えているように見せかけて、じりじりとアニェーゼとの距離も詰めていた。話しかけることによって、距離を詰めていることを気づかせないようにしていたが、アニェーゼにはばれていた。
ヴァディムが反時計回りに回るなら、アニェーゼは時計回りに動きながら同じように距離を詰めていた。右手は常に後ろに回し、背中のナイフシースに手を伸ばしておく。左手には錐状の暗器を握った。
「いくらで雇われた? あの女はお前たちのところにいるのか?」
じりじりと、アニェーゼとヴァディムが距離を詰めていく。投擲武器を使うアニェーゼが有利に戦うためには、ヴァディムが飛び掛かってくる瞬間を狙って暗器を投げる必要がある。逆に、ヴァディムはアニェーゼの虚を突いて攻め込めるかがカギだ。
「無口だな」
ヴァディムがつぶやいて足を一瞬止めた。
「シャッアァ!!」
それが飛び掛かってくる合図だと踏んだアニェーゼは、左手の暗器を飛ばした。だが、ヴァディムは体を傾けて半身になりながら、暗器を避ける。そして、すり足をするように滑らせながらアニェーゼに近づいた。
(しくじった!)
一瞬、足を止めたのはフェイントだった。アニェーゼはそれを悟り、右手で背中のナイフシースに締まってあるマチェットを引き抜いた。そのまま、右手をがむしゃらに前に差し出す。
たまたま運よく、ヴァディムが振るった剣にマチェットがぶつかり弾き返した。
「セヤァ!」
「ああああああああああ!!」
互いに叫び合いながら、剣とマチェットをぶつけ合う。まるで音楽のように、一定のリズムで、時にずれながらも、金属音が部屋に響き渡る。
重たい剣の一撃で、アニェーゼの右手がびりびりと痺れた。このままではまずいとわかっていても、アニェーゼは防戦に徹するしかなかった。
男女の差だけではない。アニェーゼは暗殺者で、ヴァディムは騎士だ。圧倒的な力の差と、一対一の戦いに関する技量に差があった。ただでさえも武器に差があるのに、さらに力でも上をいかれてしまったら、勝ち目がなかった。
「ハッ! ヤァ!」
「無駄だ! セィ!」
自由に動く左手で暗器をつかんでは飛ばすが、ヴァディムは冷静に対処していく。アニェーゼにできることは、暗器を利用して壁際に追い込まれないようにすることぐらいだった。
(こうなったら致し方ない!)
勝機を見出すなら、常識を越えなければならない。アニェーゼはヴァディムの剣を左手で止めた。左手を守っているのは、滑り止めと簡単な刃物を防ぐぐらいしかできない皮手袋だけだった。
「馬鹿な!?」
「ぎぃっ!」
皮手袋程度の防御力しかない左手で、剣を受け止めようなんて信じられなかったヴァディムは、驚愕に顔をゆがませる。アニェーゼの左手には強い負荷がかかるが、『身体硬質化』の魔法により、手袋が破れても掌には傷一つつかなかった。アニェーゼは左手でそのまま剣をつかむと、横にひねってヴァディムの腹部を蹴り上げた。
「くっ!」
ヴァディムは受け身を取れず蹴りの衝撃をそのまま受けるくらいならと考え、剣を手放し、アニェーゼの蹴りを受け止めた。そのまま、後ろに飛びのいて衝撃を緩和させる。飛びのいた勢いを使って空中で体を反り、両手から地面につくと後転して距離を離した。
追撃をするチャンスだったが、アニェーゼは痺れる左手と、負荷がかかった右手から近接戦闘では勝ち目がもはやないと察していた。おそらく、ヴァディムもそのことに気づき悠々と距離を取ったのだろう。
しかし、この程度の逆境を乗り越えられないような人間が、【心臓破りの】という二つ名が得られるはずがない。
「『水平リーベー僕の船。ありとあらゆる万物は、元素で構成されており、究極的にはすべては同じ元素で作られている』」
「儀式魔法だと!?」
武器を失ったヴァディムは予備の武器を取ろうと思った。ボウガンが置かれている机の裏には、いざという時のために予備の武器を置いていた。しかし、アニェーゼが詠唱を始めたのを見て、一瞬だけ硬直してしまった。
儀式魔法は、普通の魔法では起こすことができない強大な力を発揮することができる。あたり一帯の音を全てかき消す『沈黙する世界』、過去の事象を再現する『逆さ巡りの砂時計世界』などからわかる様に、信じられない超常現象を引き起こす。
ならば詠唱を止めるために素手でも襲い掛かったほうがいいのではないだろうか。ヴァディムはそう悩んだが、結局予備の武器を取ることを選択した。それは、アニェーゼがダルカード信徒であると察したためだった。布で顔を隠しているが金髪であること、また剣を受け止めて手が裂けなかったのは、ダルカード信徒が使う魔法によるものだと判断した。
ダルカード神の儀式魔法には、直接的に人を害するものはなかったとヴァディムは記憶していた。そのため、アニェーゼの詠唱魔法はハッタリだと判断した。
ヴァディムは机の裏に隠してあった槍を回収すると、再びアニェーゼに対峙した。
もしも、ヴァディムが硬直することなく、武器を取ってアニェーゼを攻撃すれば助からないまでも、相打ちにはできたかもしれない。奇しくも、圭と騎士が戦った時と似たような状況が作られていた。
「『超々高温の化学合成を見よ! 儀式魔法、ビッグバン原子核合成、凌駕!』」
アニェーゼが切り札として胸元に入れていた魔法石の矢じり、儀式魔法はそれを核として発動した。服の胸元を裂いて飛び出した魔法石は、質量保存の法則を無視して伸びていく。魔法石の矢じりから生まれた鋭い尖端は、一直線にヴァディムへと向かっていった。
「なんだそれは!?」
慌ててヴァディムは逃げるようにアニェーゼから離れるが、針のようにとがった魔法石の先端は7つに分かれると、それぞれ別の方向へと尖端を伸ばしていった。気づけば周囲を覆ったその先端は、素早くヴァディムの体を貫いていく。
「ごぼっ……」
鋭い尖端は、魔獣の革程度の障害ではわずかにも時間を稼ぐことができず、体を突き刺していく。それぞれの尖端はヴァディムの心臓を目指して突き刺さった。そして、心臓を破壊すると反対側へとのびていった。
胃から血液が逆流し、口からあふれる。ヴァディムの体には入るものと出るもので合計14本の棒が飛び出していた。
これこそ、【心臓破りの】アニェーゼが持つ必殺技である。
儀式魔法『ビッグバン原子核合成』とは、ダルカード神の魔法のもつ問題点を解決するもので、攻撃魔法ではない。ダルカード神から授けられる魔法は、物の形状を変えることを容易とするが、別の物にはできない。すなわち金を銀にすることはできない。また、それだけでなく量を増加させることもできなかった。
一方で、『ビッグバン原子核合成』は量を増やすこともできれば、物質を変化させることもできる。【国を買った男】と呼ばれた詐欺師は、巨大な金塊を作り上げて国の経済を破たんさせる詐欺を行った。【人間攻城兵器】と呼ばれた戦士は、難攻不落と呼ばれた要塞に巨大な橋をかけて一日で攻略した。ただし、弱点としてこの儀式魔法の効果が切れたとき、それで作り上げたものは砂のように消えていく。
アニェーゼはそんなに魔法の才能がない。何とか儀式魔法を使える程度なので、数分で効果が切れるし、サイズも橋のようなものは作ることができない。ただし、儀式魔法の対象となった物を細かく調整することができる。それこそ、狙った相手の心臓を破壊するまで追跡する針にするぐらいはできた。
「な……ぜ……」
だが、それはヴァディムには関係のないこと。信じられない方法で心臓を破られたヴァディムは、儀式魔法の効果が切れて体を貫く棒が無くなると、その場に倒れた。
「どこの手の者か聞いてたな?」
アニェーゼは痛む左手を抱えながら、亡骸に声をかけた。
「冥府のだよ」
そう言ってアニェーゼは暗器を回収すると、ゆっくりと部屋から出て行った。




