第六話「本当に嫌な仕事」
上を警戒しながら、圭とアニェーゼは階段を上っていた。木製の階段がぎしぎしと音を立てている。
木製の階段というのは、この国では珍しいものだ。なぜな、ソロヴァ王国は熱帯のため、木製の物は腐りやすく寿命を短くしてしまう。よって基礎となる部分は石で作られることが多い。
逆にその特性から木製の建築は貴族や、大手の商会などが好んで使用し、自分の財力の高さを示していた。直接的に、金銀で彩るよりも“粋”を感じるという事も好まれた理由だった。
「ふんっ……騎士の館ならもっと質素に実用性を求めるんだな」
「自己啓示欲の高い男、という事だな」
アニェーゼが鼻を鳴らして、不快そうに階段に対する感想を述べる。彼女の感覚では、騎士団とは質素倹約こそ誉れ、無骨であることこそが優れた騎士団だ。自分をよく見せようとする館だなんて、けしからんといった様子だ。
一方で、ある程度は財力を示さないと示しがつかないだろうなと圭は思っていた。しかし、わざわざ否定する必要もないので、アニェーゼに同意をした。
会話をした際に、圭とアニェーゼはある感覚がなくなったことに気づいて、顔を見合わせた。
「おい、ケイ」
「そうだな、途切れた」
『共通の耳』という魔法が発動している時は、効果対象者の間では聞こえている音が自分の後ろから聞こえてくる。そのため効果対象者同士が会話をすると、自分がしゃべっている言葉が自分の背後から聞こえてくる不思議な感覚にとらわれる。そして、今はその感覚が失われていた。すなわち、『共通の耳』の効果が失われたことを示している。つまりは、ルーファスに魔法を維持できる余裕がなくなったということだった。
「どうする?」
「どっちかがルルの様子を見に行くってのか?
ルルがしくってたら、もう逃げられてるところだろ。
信じる以外に道はないんだ。考えるまでもない」
アニェーゼはルーファスの身に何かがあったんじゃないかと、確認するように促すが圭は否定した。魔法の効果を維持するためには、そこに意識を割く必要がある。戦いになったため、意地ができなくなったと考えるのが自然だろう。必ずしもルーファスが倒されたわけではない。
俺らはルーファスを信じればいい、とアニェーゼの肩を叩いてケイは先を進んでいった。一方で、アニェーゼは納得がいかないのか、不満げな顔で鼻を鳴らした。
「まあ、間に合わないってのは同意するよ」
それだけいうと、アニェーゼは黙って圭の後をついていった。
階段の上で待ち伏せをしていることはなく、左右に廊下が伸びているだけだった。
階段下まで転がしていた催涙ガスの装置からは煙が上がっていないようだ。圭は少しだけ覆面を取り外し、わずかに息を吸い込む。そして刺激臭が特に感じられないことが確認できたので、覆面を外した。外した覆面は丁寧に腰のポーチへと付け、代わりに布を取り出すと顔を隠した。
覆面をしまう様子を見てアニェーゼも同様に覆面を外した。汗で湿った金髪が頬に張り付ており、妙な色っぽさを出している。そういう姿を見ると、普段からしている男装から感じる優男のイメージから一変し、美しい令嬢に見えてきた。圭は妙な気持ちになり、顔を反らして、指に挟んでいる術符を取り換えた。
「右側がヴァディムの書斎だ。アニはそっちに行け」
「書斎にいなかったらどうする?」
「そんときゃ左にいるだろ、飛び降りたような音はしなかったしな。
基本的にはアニに殺ってもらうつもりだが……さすがにそういうときは仕方がない。
この先どれだけ残ってるかはわからん、お前の判断に任せる」
「わかった」
圭はアニェーゼから顔を逸らしながら、右手の先にある部屋を指さし、ここで分断すると指示を出した。アニェーゼは顔についた汗を拭きながら、いなかった場合の確認を取った。
柔軟に動けという圭の指示に同意し、汗をぬぐった布をしまい込む。代わりに未使用の布を取り出すと、それを巻いて顔を隠した。
「また会おう」
「五体満足でな」
お互い顔を隠し、武器の確認を終えると、気軽に別れの挨拶をした。アニェーゼは右手の廊下、圭は左手の廊下を進んでいった。
*****
「『我が眼に封印されし邪竜を呼び覚ますな! くそ、また暴れ始めやがった! 爆裂!』」
扉に向けた術符に描かれた呪文に魔力を通すと、扉に向かって拳大の火の弾が飛び出し、ぶつかると同時に破裂した。粉砕された扉から部屋の中を覗き込み、隠れる場所や潜んでいる者がいないか、圭は確認をする。
アニェーゼと分かれた圭は、景気よく部屋の扉を『爆裂』の魔法を使用して破壊していた。便利な魔法なのだが、とんでもなく中二病な呪文に辟易しており、積極的に使う気が起きない魔法だ。
炸裂音が響き渡るが、今回の『復讐代行』も佳境に入っており、今更大きく隠密する必要はないだろうと圭は思っていた。
「この世界の魔法って妙なところがあるんだよな……。
神話にしてもそうだし、現代日本と関係あるのかな」
恒星、すなわち太陽を擬人化した神がラーサス神だとすると、六神教とは太陽信仰のようなものだと考えることができる。しかし、神話にしては妙に登場人物に人間味が感じられた。もっと神様らしくてもいいのではないか、それが圭の疑問だった。
「まあ、考えても仕方のないことだな」
興味はあるが、少なくとも復讐代行をやっている中で考える事ではないはずだ。気合を入れなおした圭は、警戒をしながら曲がり角を曲がった。
「──ッ!」
「ちぃ!」
曲がろうとした時、死角から突然若い男が飛び出してきた。奇襲を警戒した圭は、右手の剣を振るって若い男の攻撃を防いだ。
──カキィン、と金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く。男自身の力か、それとも魔法による強化なのか圭にはわからないが。重みを感じる剣の一撃は、とてもじゃないが片手で受け止められるものではなかった。
圭は受け止めるのを早々に諦めて、後ろに引くように剣を受け流す。判断が早かったことが功を奏し、押し倒され体勢を崩すことなく受け流すことに成功した
「はぁっ!」
「──っふ!」
若い男は受け流された剣をすぐさま引くと、追撃するように圭に向かって剣を振るう。最初の打ち合いで、力勝負に勝ち目がないとわかっていた圭は、素直に後ろに引いて避けていく。紙一重で交わされる剣を見て、圭の背中に冷や汗が流れた。
(まったく。打ち合いになると、この戦闘スタイルは途端に不利だな)
左手が術符で埋まる以上、圭は両手持ちで剣を振るうことができない。それは、力比べになった時に絶対に負けるという事を示していた。それだけでなく、バックラーものような物ならともかく、中型の盾は装備できないため、防戦は一方的に不利だった。
もっとも、術符は圭にとって生命線のためこの戦い方を変えることはできない。
(さて……)
圭は襲い掛かって来た若い男を観察した。左手首にミサンガのようなアクセサリーをつけており、そこには緑色に染色された布が取り付けられていた。剣を振るうたびに細長く切られた布がたなびいている。
緑色の風を受けると揺れる布は、メリル神の聖印だ。最悪はルーファスぐらいの加護があると圭は想定しながら、戦闘プランを練り始めた。
この世界において、人間と戦う場合は、どこの信者と戦っているか見極めることが大切だ。ラーサス信徒なら日中は戦ってならない、エルドラード信徒なら暗い場所に気を付ける、カシュー信徒は戦いの神の信仰者だから戦わないほうがいいし、いざという時には水場を探したほうが良い、マラリーナ信徒は必ずとどめを刺せ、ダルカード信徒は堅い防御を抜ける自信があるか確認をする、といった具合に信徒それぞれに対策を練る必要がある。
(そして、どんな信徒でも有効的な対策は一つだ)
男の攻撃パターンを読み切った圭は、剣を伸ばしきった瞬間を狙って、術符を持っている左手を伸ばした。
「んな!?」
戸惑いの声をあげ、男の目が大きく見開かれる。まずいと思ったのか、腕を引き留めようとする。
(残念だが、チェックメイトだ。もしも、逆に一歩踏み込んで切り込んでいたのなら、相内ぐらいはできたかもな)
「『光よ!』」
術符から伸びる光の刃。その刃はバターを切る様に男の両手を切り落とした。廊下と、男と圭、互いの体に血しぶきが飛び散った。
圭が持つ最強の切り札であり、初見殺しの技はこの『光の剣』による奇襲だった。家が一つ立てられるような金額だったが、強い加護が封じられたこの術符は大抵の物を切り裂く『光の剣』を作ってくれる。この戦法なら信仰に関係なく、どんな相手にも有効であることが最大のメリットだった。
「あぁぁぁ!!」
男は膝立ちになり、悲鳴を上げた。出血多量で死ぬのは残酷だろうと思った圭は、右手の剣をしまうと、代わりにミセリルコリデを抜いた。『慈悲』を銘する鋭い短剣は、鈍い光を放っていた。
そこで、予想外な事が起きた。男は逃げることもなく、立ち向かう事もなく、首を後ろに向けて叫んだ。
「逃げろォ!!」
それは、誰かに対するメッセージだった。逃がしてはならないと思った圭は、急いで顔をそむけた男の首に向かってミセリルコリデを突き立てた。
ずぶぶと肉に差し込まれていく鈍い感触が圭の腕に伝わってくる。そして、首と男の口から血があふれだす。肉を裂く感触に、圭は吐き気を感じながらも圭は横いっぱいにミスリルコリデを引いた。
「ごぼっ……ごぼっ……」
男の体から力が抜け、ばたりと倒れる。圭は男の死体を放置して、奥にある最後の部屋に向かって走りながら左手を伸ばす。
「『爆裂!』」
普段より魔力を多く込めて詠唱を短縮し、ソフトボール大の火球を作り出すと、扉に向かって飛ばす。破裂音と共に、扉に大きな穴が開く。
圭は走って扉に近づくと、蹴り破って中へと入った。
「……っ!」
中へと飛び込むと、1人の女性が首から血を流して倒れていた。服装から見るに侍女のようだ。逃げられないと覚悟したのか、持っていたナイフで自決している。
念のため、圭は周囲を見回すが隠れられるような場所はなく、窓も人が下りられるような隙間はなかった。
窓から外を覗くと、正門の前でラーフィリスが逃げ出す人間がいないか警戒をしていた。『共通の耳』の効果が無くなり、彼女がどうなっているか心配だったが、無事な姿を見られて圭はほっとした。
「……逃げなかったか」
逃がさないようにと急いで飛び込んだが、このような結果になってしまうと逆に気分が滅入ってくる。それは自分勝手な感情であり、殺された男や死んでしまった彼女に知られたら憤慨されるだろう。そう思うと、圭はさらに憂鬱になった。
手首の脈を計って、死んでいることを確認しようと圭は女性の手首を持った。脈の位置を確認していた圭は、ある物を見つけて思わず顔をゆがませた。
「恋人同士だったのかな……」
女性の左手には男と同じような、ミサンガのようなアクセサリーがあった。男と違い、黒曜石をあしらった聖印がついており、エルドラード信徒であることが伺えた。
「本当に、嫌な仕事だ」
圭は苦痛に歪んいる女性の顔に触れ、表情をゆるめさせると、目元に残った涙を指で拭った。
17/10/22 誤字修正




