第五話「モヒーナとルーファス」
ヴァンディムの右腕的な存在であるモヒーナは、圭達の襲撃があった時は談話室にいた。襲撃される少し前まで会議をしていたが、休憩を入れる事になり、ここで一人で寛いでいた。彼は椅子に背中を預けたまま、両足をテーブルの上にのせて足を組み、かなり行儀が悪かった。とてもじゃないが、主君の屋敷の談話室でとるような態度ではない。
(たっく、あんな小娘1人に何ができるってんだ)
会議の内容はベアータについてだった。本来なら今日はザック派、中立派の重鎮をこちらの陣営に引っ張り込むやめに、呼びつけるはずだった。しかし、ザックの屋敷でベアータらしき人物と、謎の男が忍び込んでいたという情報を得て、本来予定していた会議は中止された。代わりに、ベアータ対策ともいえる会議を行っていた。
ベアータが敵対組織と合流し、此方を狙っている。まことしやかにささやくヴァディムの口ぶりに、他の騎士たちも緊張していたが、モヒーナにとっては失笑物だった。仮に敵対的な組織がいて、ベアータを引き込んだとしたら、彼女に何の利益を感じたというのだろうか。
ヴァディムの話では、ザックがスプリングス騎士団長を殺したとなっている。ならば、ベアータにできることは、自分の養父が騎士団長を殺したと暴露することだ。そんな自分の首を絞めるような真似はしないだろう。ならば、仮想される敵対的な組織は、ベアータになんらかの利用できるものがあると思っていることになる。そして、ヴァディムはそれを恐れていることになる。つまりは、ベアータを恐れるという事は、ヴァディムがやましい物を持っており、それをベアータがつかんでいると推測させることになるのだ。
幾ら不安があるとはいえ、ヴァディムは過敏に反応するべきではなかった。
(思ったより気が弱いな)
神経質なところもあるとは理解していたが、予想以上に過敏な反応をしたため、モヒーナは意外に感じていた。疑心暗鬼に駆られたら、真実を知っている自分を殺すのではないかとモヒーナは思った。
(冗談じゃねえぞ)
うまく取り入る事ができたと思っていたが、ヴァディムの小心具合は予定外であり、このままでは自分も危ないのではとモヒーナは思いを巡らせる。テーブルの上に置いた足を下し、真剣に考えようと顎に手をついた時だった。
(……声と……異臭?)
物音と刺激的な異臭を感じた途端、モヒーナは息を咄嗟に止めた。近くに置いてあった愛用の《たんそう》をつかみ取ると、それまで座っていた椅子をつかむ。
外の廊下からは咳込む音と、バタバタと激しく動き回る音が聞こえている。モヒーナはむずかゆくなる目から緊急事態を悟ると、窓際へと走った。
(くそ、微妙に出れないな)
窓から飛び出そうとしたが、でっぱりや廂が邪魔で外に出ることはかなわなかった。しかし予想はしてあったので、モヒーナは持ってきた椅子で、大きく出っ張っている廂を叩きわった。
バンッ──という大きな音が響き渡る。間違いなく廊下にいる襲撃者に音が聞こえただろうと判断したモヒーナは、逡巡もせず外へと飛び出した。
談話室に追手が飛び込んで来たのを感じたが、確認をすることはしない。余計なことをすると危険が増すと、モヒーナは経験上分かっていた。
(裏門だ)
最も大事なのは自分の命だとモヒーナは思っている。襲撃者が何人かは知らないが、黒色槍騎兵団の副団長の屋敷を襲うのだから、皆殺しにできるだけの戦力は連れてきているはずだ。万が一、ヴァディムが生き残ろうとも、真っ先に逃げた理由は援軍を呼びに行っていたと言い訳はできる。
何人も待ち伏せ正門より、裏門の方が逃げやすいだろうと判断したモヒーナは裏門へと走った。
裏門では、ルーファスがモヒーナを待ち構えていた。モヒーナは布で顔を隠したルーファスを視認するや否や、腰に備えてあった投げナイフを投擲した。
ひゅん──と風を切りながら一直線に自身と向かうナイフを、ルーファスは避けようとしない。それどころか、剣を構えてモヒーナとの距離を詰めるべく歩きだした。体に刺さる角度で飛来するナイフだったが、メリル神による『矢避け』の加護がその動きを阻害し、ルーファスに近づいた途端、体を避けるように逸れていった。
(『矢避け』の加護だとぉ!?)
ナイフが意識を持つように軌道が変わる現象にモヒーナは見覚えがあった。襲撃者であるルーファスは、顔を隠しているが、その緑髪は見えている。メリル神の加護を示す緑の髪、『矢避け』の加護があることは疑いようがないだろう。モヒーナは襲撃者が強力な敵であることを悟った。
襲い掛かる剣を短槍の先で防ぐと、わずかに短槍の柄に傷が付けられた。メリル神の強い加護は、時として剣の剣圧をかまいたちへと変貌させる。そのことを知っていたモヒーナは、咄嗟に穂先で攻撃を受け止めたため、かまいたちを体で受け止めずにすんだ。もし、柄で受け止めていたら、かまいたちによって手元がズタズタに引き裂かれていただろう。
(ってことは『矢避け』は、槍でも起きそうだな……)
穂先で剣を弾いた後、モヒーナは手首を翻してルーファスの体を突いた。まっすぐと突き刺しているはずだが、妙な風によって抵抗感を感じる。力を込めて突かなければ、自然と当たらないほうを突いてしまうだろう。
「糞がぁ!」
予想通りの事だったが、苛立ちを隠せずモヒーナは叫び声をあげる。加護の分、戦いが不利になると悟った彼は、素早く槍を引き戻し、何度も槍を繰り出した。
「ッ──!」
素早く連続で突き返され、流石のルーファスも攻撃する隙が見当たらず、防戦に徹した。もとより剣と槍ではレンジが異なるため、懐に飛び込めなければ有利に戦うことができない。
高い技量を持つがゆえに、ルーファスはモヒーナも同等の腕前を持っていると感じ取った。また、それはモヒーナも同じで、相手が自分と同等の実力の持ち主だと気づいていた。それ故に、モヒーナは懐に潜り込ませないと、遠距離での戦いに徹した。
「セイッ! ハァ! ハッハッ、ハッァァァアアア!!」
呼吸を整えながらも、休むことなく槍で突き刺していく。時に、より早く、わずかに遅く時間をずらし、浅く、深く槍を突く深度をモヒーナは変えて行く。変幻自在の槍による攻撃に、ルーファスは食らいついていく。
(このままだと、俺が不利か……)
冷静に槍撃を弾きながら、ルーファスは考えていた。相手は強く、武器の相性も悪い。見るからに体力自慢ができそうなこの男に、持久戦を挑むのも分が悪そうだった。
ちらりと相手の穂先を見ると、わずかにだが剣に帯びた風圧が穂先に傷をつけている。メリル神の加護による力で穂先が壊れるころには、決着がついているだろう。
「シャァラァ!」
「ちィッ! 『風よ!』」
モヒーナは一度大きく槍を引くと、横薙ぎに振った。避けるためには、受けるか、しゃがむ必要があった。しかし、しゃがむにせよ受けるにせよ体勢を崩されることを嫌い、ルーファスは『突風』の魔法を使い、後ろ向きに飛んだ。
しかし、それはモヒーナの予想通りだった。
「『荒れ狂う怒りよ! 焼き尽くせ! 燃える刃!』」
「何っ!?」
後ろ向きに飛んだルーファスを追いかけるように、槍の穂先から炎がほとばしる。ルーファスの体を焼き尽くすように、炎の刃が胴体を薙いだ。体を反らしながら、宙を舞うルーファスを見て、モヒーナは痛手を与えたと確信した。
「取った!」
ルーファスにこれ以上の攻撃を避ける余裕はない。モヒーナはルーファスを追いかけて槍を両手で握りしめ、飛び掛かった。
勝利を確信したモヒーナだったが、布で隠された顔からうっすらと覗ける瞳が、鋭くモヒーナを見ている事に気いた。ゾッ、と背中に走る悪寒、脳裏に過ぎった嫌な予感を信じ、飛び上がったモヒーナは咄嗟に体をひねった。
ルーファスは下投げで、モヒーナに向けて剣を投げつける。無理な体制で投げたものだが、正確にモヒーナが飛び掛かってくると予想される軌道上を狙っていた。だが、咄嗟に体をひねることによって、軌道を変えたモヒーナに、その剣は当たらない。
はずだった。
「『1つは私が決める! 魔弾ッ!』」
自分の予感を信じてよかったと、モヒーナは安堵の笑みを浮かべた。しかし、そんな彼を嘲笑うように、剣は空中であり得ない軌道を描き、まっすぐとモヒーナの頭に向かった。
──ぞぶっ
頭蓋骨を切り裂き、脳を破壊され致命傷を負ったモヒーナは、体を曲げた体勢のまま地面に叩きつけられた。だくだくと頭から血を流し、絶命する寸前に思ったのは「そういえば、この緑髪と体型の男をどっかで見たな」という事だった。
一方で、無理をして剣を投げたルーファスは仰向けのまま地面へ叩きつけられた。受け身もおざなりにしか取れず、体に衝撃がかかった。
「かっはっ!」
ルーファスは大きく咳込みながらも、素早く立ち上がりモヒーナの様子を見た。モヒーナはぐったりと倒れており、頭に刺さった剣を見る限り死んでいるだろう。ようやく人心地つけたルーファスは、大きく息を吐きわずかに焦げた胸元を確認した。
モヒーナの炎の刃が効かなかったのは、『矢避け』の加護と『突風』の魔法で作られた風が炎を散らしてくれたからに他ならない。強力な炎だったため、無効化はできなかったが、体まで灼熱の炎が到達することはなかった。
最初の投擲攻撃や、槍撃を耐えられたのも、メリル神の加護のおかげだ。この加護が無ければ、死んでいたのは間違いなくルーファスだっただろう。ラーサス教徒であるルーファスが祈りをささげる相手は当然ラーサス神だが、珍しくルーファスはメリル神へ感謝の祈りをささげた。
仕事の都合でいまいち時間が取れないので週末1回更新をしていきます。
最後まではプロットがあるので、エターにはしませんのでよろしくお願いします。




