第四話「館への突入」
引き続きアニェーゼと圭は、それぞれ警戒しながら屋敷の周囲を廻ったが、それ以降騎士を見ることはなかった。屋敷の周囲にいた騎士たちは全部で4人だったようだった。一周が終わり、圭とアニェーゼは予定通り館の玄関の前で集まっていた。
正門と裏門にいた3人も、用を足していた騎士も、援護を呼ぶ事すらできず死んでいったためか、中にいるはずの騎士たちが気づいた様子は見られなかった。だが、用心をするに越したことはないので、扉の正面に立つことはなく、横から圭は様子を窺っていた。
動きがないことを確認してから、圭は腰に下げていたアニェーゼが被るのを嫌がった覆面を着用した。熱帯のためかこの地方にはゴムの木が存在し、すでにゴムを作る技術は周辺国で発達している。覆面はそんなゴムと、浄化能力を持つ魔法石を内部に仕込んである。すなわち、妙な覆面と呼ばれてしまっているが、圭に正式名称を言わせるならばガスマスクと呼べるものだ。
ガスマスクをかぶった圭は、腰のポーチから催涙ガスを噴き出させる装置を取りだした。これも覆面同様に、圭が作成したオリジナル製品だ。
「そういうの、どこで思いつくの?」
「……元々あるものを参考にしてるだけだよ」
取り出した道具の効果はアニェーゼも知っているため、どのような発想から生まれた製品なのか不思議でたまらなかった。恐らく爆弾のような物と同じ発想なのだろうが、刺激制のある毒のような煙をまき散らす道具を作ろうとは、普通は考えつかないだろう。
圭の正体は不明なところが多かったが、このような知識を見せつけられるとかつては軍人だったのではないかとアニェーゼは想像していた。実際は、とんでもないくらい技術が発展した別世界からやってきているわけだが。
「早くアニもかぶれよ」
「……わかったよ」
不承不承といった具合にアニェーゼはガスマスクをかぶる。梅雨で湿度が高く、蒸し暑く不快な夜なのに、さらに顔が蒸れてしまうことをさせられてアニェーゼは不快そうに鼻を鳴らした。アニェーゼが覆面をかぶるのを確認にしてから、圭は鉄で作ったL字の棒──すなわちバールのようなものを取り出し、扉と壁の隙間に差し込んだ。
「突入したらこれを投げ込んで、1階にいる奴らを全員始末する。
館の内装は頭に入ってるな?」
「大丈夫だよ。
入ってすぐがダイニング、左にキッチン、右に談話室、奥にホールと階段」
「そうだ。1階にいるとしたらキッチンと談話室にでもいるんだろう。
ヴァディムがいるのは恐らく2階にある執務室か書斎か、もしくは私室か。
1階までは一緒だが、2階は分かれて行動する。いいな?」
「はーいよ」
アニェーゼは気のない返事を返したが、圭は問題ないだろうと判断した。覆面で表情を見ることができないが、裏稼業で手を向くような女ではないと知っていたからだ。圭は一回頷いてから、バールのようなものに力を込めた。てこの原理から開く方向に強い力がかかり、バキバキと閂の木が壊れていく音が聞こえる。
「この音で気づかない馬鹿ではないだろう。
突入するぞ、3秒前、2、1、いくぞ!!」
圭が扉を蹴り飛ばすと、ダイニングに3人の騎士が集まっているのが見えた。蹴り破られ扉に驚き、虚を突かれているが表情から見て取れる。
その行為に反応できたのは2人だった。慌てて腰の剣を抜こうとする中、圭は催涙ガスの装置を掲げて呪文を唱える。
「『流れる涙は雨となり、すべてを流すだろう。水精製!』」
装置の中に組み込まれている術符が発動し、内部の空きスペースに水を作りだす。すると、仕込まれている物質と水が反応し、有毒ガスを生成し始めた。
「『解放せよ、陽気に抱かれよ。発熱!』」
続いて、温度を上昇させる術符を発動させる。発動すると同時に、騎士たちに向けて投げつけた。
装置の中の物質は温度が上昇することで反応が早まり、急速にガスを作り出す。気化して、急速に内部が膨張する装置は、一部の壁面が柔い物質で作ってあった。膨張に耐えられなくなった柔らかい壁面が裂けて、中から白い煙があふれ出す。
とっさに、騎士たちが飛びのくが、当然煙が充満する速度のほうが早かった。
「の、喉がぁ……!」
一番反応が遅れた騎士が無様に咳込むが、当然その行為自体がより毒を吸い込む要因となる。ほかの騎士は咄嗟に息を止めるが、目からも煙が取り込まれてしまう。。
圭とアニェーゼは素早く中に入ると、比較的反応が取れたで2人の騎士に左右から近づいた。圭が近寄った右手にいる騎士は、左手で口を押えながら、右手の剣で自分を守る様に顔の前に構えた。しかし、涙でゆがんだ視界に、片腕では有効的な防御は取れないだろう。
圭は至近距離に寄ってから大振りに上段から剣を振るった。騎士は右手の剣を掲げるように圭の剣を受け止める。がきぃんという激しい金属音が鳴り響いた。
防がれるのは予定通りだったため、圭は慌てず左手でミセリルコリデを腰の鞘から引き抜くと、レザーアーマーの隙間を狙って騎士の体を貫いた。
「ごふっ……」
左手の短剣は涙で死角になっており、騎士には避けようがなく、体で刃を受け止めるしかなかった。胃か、食堂に刺さったのか、逆流した血液が口元をふさいでいた左手からあふれ出た。
騎士が防御に使っていた剣から力が抜けるのを感じると、そのまま弾き飛ばした。無防備になった騎士には、もはやどんな攻撃も防ぎようがなく、頭頂部に向けて振り落とされる剣をまともに食らった。ザクロのように裂けた頭部からおびただしい血液があふれ、灰色の脳みそをのぞかせながら、騎士は即死した。
「やめ……!」
「楽にしてやるよ」
アニェーゼに任せた左の方から声が聞こえたので、圭は左を見ると、もうひとりに騎士にアニェーゼが馬乗りになっていた。剣を持っていた方の掌には髪飾りが刺さっており、どんな力で投擲したのか掌を貫通していた。
命乞いをする騎士に対して冷酷に終わりを告げると、アニェーゼはもう一本の髪飾りを心臓へと突き立てた。びくりと増える騎士を片手で抑えながら、くるりと体の中で一周させてから髪飾りを引き抜くと、糸が切れたマリオネットのようにぐにゃりと騎士の体から力が抜けていく。
「なん、なんだよオマエら! 畜生、死にたくねえ、死にたくねえ!!」
催涙ガスをまともに食らった騎士は抵抗できず、地面にひれ伏したまま叫んでいる。そのたびにガスを吸い込み、咳込んだ。
圭は騎士の背中を踏みつけて動きを阻害すると、心臓目掛けて剣を突き刺した。
「がっ……嫌だ……しにたく……な……」
心臓を破壊された以上は生きていけるわけなく、騎士は断末魔の叫びをあげながら、ゆっくりと動かなくなった。
──バンッ!
玄関右手の談話室から大きな音が聞こえて、圭が急いで中に入ると、窓を破って赤い髪の男が飛び出すのが見えた。不利な状況が広がっていることを察したのか、油断ならない判断力だった。
「ルル、ラス。1人外に出た」
『わかった!』
『了解した……っと、こっちに来た。
昼間にアニェーゼに絡んでたやつだ』
「なに?」
『しばらく喋らんぞ。以上』
逃げ出した男はルーファスの方に行ったようだ。思わず圭はラーフィリスが対応せずにすんでほっとした。そして、ならばルーファスは危険な目にあっていいのかと若干自己嫌悪に陥った。
だがすぐさま余計なことを考えている場合ではないと、首を振りアニェーゼを見た。
「そいつはルルに任せよう。
俺は奥のホールに行く。アニはキッチンを見てくれ」
「了解」
アニェーゼは騎士の体に刺さっていた髪飾りを回収し、ひびが入っていないか確認をしているところだった。圭の指示を了承すると、髪飾りについた血糊を騎士の服でぬぐい取り、何本か懐に入れているストックとの交換を始めた。
圭は彼女の反応を確認してから、奥へと向かった。途中でやや煙の出が悪くなっている装置を蹴って階段の方に近づける。ソロヴァ王国は熱帯のような気象条件に位置するため、建築物は風通しが良いように作られている。すぐにでも催涙ガスの効果は無くなってしまうだろう。
圭は階段の上から騎士が下りてこないのを確認しながら、奥のホールを覗き込んだ。
奥のホールに人影はなく、人が隠れられそうな場所はなかったが念のためしらみつぶし捜索をする。
無事に誰もいないことを確認してから階段の前に戻ると、だいぶ煙の噴出が落ち着いていた。また、すでにアニェーゼも階段の前で待っていた。
「いたか?」
「いた」
「騎士か?」
「いや、使用人ぽかった」
「そうか」
運がなかったな、と圭はつぶやいた。これで始末した騎士は7人。ルーファスが逃げたやつを殺せば8人となる。使用人は別として、予想した人数近くまで殺害したので、恐らく後はヴァディムぐらいだろう。
圭は顎で階段の上を示すと、アニェーゼは頷いて先に登り始めた。圭もアニェーゼの背後を守る様に2階へと上がっていった。




