第三話『屋敷への侵入』
ヴァディム派が開催している今宵の会合は、長く続いていた。その理由はザック副団長の屋敷に何者かが忍び入痕だという話題が、重要案件として検討されていたからである。
ザックの館に侵入した何者かは、秘密の抜け道を通過し、執務室へと侵入。何かを探している際に、騎士と遭遇し戦闘になった。騎士は殺害されず、気絶で免れたが、侵入者はまんまと逃げだした。気絶していた騎士の話によると、侵入者は男女で、女性の背丈はザックの養女であるベアータに酷似していたそうだ。
騎士団員が警備で滞在している屋敷に忍び込むような強盗がいるとは考えにくく、秘密通路を知っていることからベアータであることは間違いないだろう。問題は、なぜ危険を冒してまでも、屋敷に忍び込んでいたかという事だった。それは、自分の不正を暴くために他ならないと、ヴァディムは確信していた。
ヴァディムは、自分の悪事の証拠がザックに掴まれていたのでは、という妄想に取りつかれていた。自己中心的で、野心のために団長と副団長を殺したと嘯いていたが、小心者でもあり、神経質なまで保身を優先した
騎士団さえ取り込めば、オーレンドルフ侯爵に情報を垂れ込まれても問題ないだろう。スプリングス、ザックの両名が死んだ以上、騎士団を引き入れるのはヴァディムしかいないのゆえに、ヴァディムが恐れているのは大々的に公にさらされることだった。今の彼には誹謗中傷をはねのける力はなかった。
早急にベアータを見つけ出さねばならない。そう考えたヴァディムは、本日予定されえていた、中立派、ザック派の代表との会合は取りやめ、ごく少数の腹心と今後の対策を議論していた。
結果として、これが悪手となった。
裏門を警備していた騎士は、ヴァディムに取り立てられたものだった。故郷では乱暴者と疎まれて王都に来たが、さりとて学があるわけでもなく、スラム落ちしそうなところを拾われた。
この騎士の人生哲学は力こそすべてだった。1対1の争いは、腕っ節が強い自分が勝ち続けた。そんな自分が故郷を追われたのは、団結し力を固めて襲い掛かったからだ、と考えていた。力があるやつらと群れる、それこそ自分が楽に生きる方法だと信じていた。
ならば、彼は一人で裏門の警備なんてするべきではなかった。
突如、闇の中からぬっと、顔を隠した人間が2人現れた。布で覆われた顔からは、目と金色の髪、緑の髪が漏れていた。ルルーシュと、アニェーゼの2人だ。
裏門の騎士が生き残る方法は、急いで中に逃げ込むことだった。少なくも、この騎士の人生哲学に準拠し、固まっていたらまだ生存率は高かっただろう。しかし、結果としてこの騎士は判断を誤った。
「動くな、何者だ」、騎士は剣を抜いてそう問いかけるつもりだった。剣を抜いて、口を開こうとしたとき、アニェーゼは手首のスナップを利かせて鋭利に尖らせた髪飾りを投擲した。
「【悪戯な風よ、曲げろ。誘導する風】」
ルーファスがつぶやいた力ある言葉に反応し、魔力を帯びた髪飾りは途中でわずかに軌道修正をしながら加速し、騎士の首を正確に貫いた。金属で作られた鋭利な先端が、騎士の首にその身を食い込ませていく。
「がっ……あ……」
予想外の速さで飛来してきた髪飾りを防げなかった騎士は、鋭い喉元の痛みで攻撃されたことに気づいた。呼吸が阻害され、喋る事すらままならない。咄嗟に首元に手を伸ばした時には、ルーファスが目の前に立っていた。
距離を詰めるとともに、ルーファスの剣が袈裟斬りで騎士の体を裂いた。そして、血を吹き出しもんどり打って倒れた騎士の背中から、心臓を目掛けて剣を刺しとどめを刺した。
びくんと、わずかに騎士は震えて死んだ。
「ふん」
アニェーゼは鼻を鳴らして首に刺さった髪飾りを引き抜いた。ぶちぶちと肉を裂く音と共に、血があふれる。くるりと回して状態を確認した後に、付着した血をおざなりに騎士の服で拭うと、髪飾りを再び親指と中指でつかみ、人差し指を添えるようにして持った。
一方でルーファスは、剣を人回しして付着した血を振り払った。落ちなかった血が剣の上に浮いている。
「圭、こっちは1人だったぞ」
『アニ、こっちは2人だった。
これから玄関にラスを残して中に入る』
「了解、僕は左回りで移動する」
『わかった、俺も左回りでいく』
いつも通り、ルーファスが『共通の耳』の魔法を使用することで、4人は連絡を取り合っていた。表門担当の圭も、問題なく処理できたのか淡々とした圭の声がアニェーゼの耳に入った。
「じゃあ、【白の】。ここは任せたよ?」
「おう、【心臓破り】。しくじるなよ」
アニェーゼはルーファスに別れを告げると、気負うことなく左回りに館の周囲の探索を始めた。ルーファスは彼女の背に掌を向けて挨拶をし、そのまま裏門周囲の警戒に勤めた。
『ラス、敵を見たらすぐ報告しろよ』
『わかってるよ。はや、ケイさんも先に行って』
耳元に聞こえるラーフィリスを心配する圭の声に、アニェーゼは笑いを堪えていた。とてもじゃないが、これかここにいるに騎士たちを皆殺しにする裏稼業の暗殺者たちの会話には思えなかったからだ。
父と兄を殺され、逃亡生活の果てにアニェーゼは裏社会の道を歩んだ。世間一般で把握とされることをたくさんやった。そんな中でもチームを組むことは殆どなかった。裏切られるのが怖かったからだ。
ソロヴァ王国の迷路横丁まで流れ着き、店を構えてから圭達と出会った。最初は利用するだけ利用しようと思っていたが、気づけば1年間もチームを組んでいた。女であることもすぐにばれていたため、久々にアレスではなく、アニェーゼとして過ごすことができた。
こうやって、4人で仕事するなら悪くない。ルーファスはラーサス神殿の神官だから気に入らないが、許してやってもいい。そこまで思うようになっていた。
なんて惰弱なんだ。気づかないうちにこぼれていた笑みに気づき、アニェーゼは愕然とした。笑みを引き締め、彼女は鼻を不機嫌そうに鳴らした。自分は寂しかったのだろうか、警戒心をここまで薄めてしまっていたとは思わなかった。
『ラス、戻ってくるやつもいるかもしれないから、門から少し離れたところで警戒したほうがいいからな?』
『わかってるよ。大丈夫だって』
まるで父親のように心配する圭の声を聞いて、アニェーゼは毒気が抜かれた。そして今までの思考を流すように、嘆息した。
(気を許してしまったんじゃない。こんなお気楽なやつらだから警戒する必要もないんだ)
ラーフィリスと圭の漫才を聞きながら、周囲を警戒していく。するとアニェーゼは、屋敷に背を向けて茂みに向かっている男がいることに気づいた。よくよく見ると、男はズボンをはだけ、立ち小便をしているようだった。
アニェーゼはゆっくりと男に近づき、背中から肩を叩いた。
「なんだぁ? 今、いそがし……」
肩を叩かれた男は、小便を切り上げると顔と体をアニェーゼの方に向けた。タイミングを合わせて、アニェーゼは男の股間を強く蹴り上げた。ぐしゃりと、陰部と睾丸が潰れる鈍い感覚が感じられ、アニェーゼは不快そうに顔を顰めた。さらには男の一物から黄色い小便がちょろちょろと流れ出てきたのが不快だった。
一方で、男は顔を青ざめさせ膝から崩れそうになったが、肩をアニェーゼに捕まれ膝立ちで固定された。
「『木より鉄より硬くなれ。硬質』」
物質を固く強化する魔法を使うと、アニェーゼは膝立ちになった男の心臓にめがけて髪飾りを刺した。肋骨を破壊しながら、心臓に選択が到達したのを指先の感覚で判断し、くるりと一周させる。男は白目をむいて、口元から血を吹き出すとだらりと脱力して崩れ落ちた。
「1人やった」
『了解』
返事を聞き流しながら、アニェーゼは髪飾りを引き抜いた。血を男の衣類で拭ってから、くるくると回して状態を確認する。すると、髪飾りの先端にひびが入っていた。魔法での強化をしているとはいえ、所詮は細い棒状の青銅なので簡単に折れたり、ゆがんだりする。そうなってしまったら、【心臓破り】という繊細な暗殺術には使えなくなってしまう。
アニェーゼは胸元に髪飾りをしまい込むと、新たに別の髪飾りを3本取り出し、2本は左手の薬指と小指で握り、1本は右手で投げられるように握った。
最後に、靴に付着した小便を、男の衣服に押し付けてぐりぐりとなすりつけた。
既に4人の騎士が死んだが、復讐代行の夜は始まったばかりだ。
出張も終わったので更新頻度を戻していくようにします




