第二話「殺しの手順」
定刻よりもやや早く、アニェーゼを除く3人は待ち合わせ場所に集合していた。圭は顔をフードで隠しながら、石垣に腰かけ両足をふらつかせている。外套の胸元は妙に膨らんでおり、何かを入れているがわかる。
梅雨時期で湿度が高く、気温も高いため不快さを感じさせるじめじめとした暑さだったが、ラーフィリスはまるで凍えているかのように、両腕を反対の手でつかんで身を縮こませていた。一方で、ルーファスは顔を隠しているものの、堂々とした態度だった。
最後にやってきたアニェーゼを圭は視認すると、石垣から腰を下ろした。アニェーゼがすぐ近くにまで来るのを見てから、圭はそろった3人を見回した。
(ここ1年で、だいぶ形になったな)
それぞれの仕草や態度はともかく、3人の表情からは必要以上の緊張感や、浮足立った様子を感じさせなかった。1年間の裏稼業をこなしてきた慣れや、実力を感じさせるものだった。
例えば、エルドラード神殿で蹴術を習っていたラーフィリスは、それなりの家の出ではあるもののただの少女であった。彼女が参加した当初はがちがちに緊張をしおり、圭が必死にフォローしていた。ラーフィリスはただ圭の役に立ちたいという一心だけで、なんとか裏稼業をこなしていた。今も自分の身体を抱きしめるようなしぐさをしているが、少なくとも外観上は平静さを見せていた。
アニェーゼもルーファスも、仕事の途中で知り合い結果的に仲間になった。それぞれ修羅場をくぐっては来たが、復讐代行という特殊な環境は戸惑いもあったはずだ。今はその戸惑いを感じさせることはない。
そして、圭自身も慣れを感じていた。治安の良い日本では味わうことのできない異世界生活だが、いまや復讐代行という裏稼業のチームの頭を務めている。
それ故に、この仕事が終わってベアータが身売りしたと聞いたとき、アニェーゼとの関係が悪化することが惜しかった。裏稼業でもっとも重要なのは信頼だ。アニェーゼが圭を信頼できなくなった時点で、縁が切れることになるだろう。
「準備はできたな、みんな」
内心の思いを隠しながら圭はいつものように声をかけた。3人は頷いて返事をし、圭も満足したかのように頷き返した。
「黒色槍騎兵団に所属する騎士はおよそ100人。
うち、ヴァディム派はおよそ30人。
今日はベアータの家、つまりザック副団長の屋敷に怪しい人物が忍び込んでいたことから、警備を強めるためにそっちに人員が割かれているらしい。
夜間に細かい会議をするような部下たちだと考えると、ヴァディムの屋敷にいるのは多くても12人ぐらいだろう」
「怪しい人物って?」
「俺だ」
「ケイかよ」
圭が調べたところによると、ヴァディムはザック副団長の屋敷で発見された侵入者をかなり恐れているようだった。この盤上を覆し、ヴァディムの罪を問うことができる切り札は存在しないが、彼自身は疑心暗鬼になっているためだった。
「しかし……それで皆殺しになるの?
そもそも、正直、ベアータがそんな依頼を出したって、僕は信じられないんだけど」
「そうだね」
ヴァディム派といわれる騎士たち全員を殺さなければならないのではないか。アニェーゼの疑念に対して、ラーフィリスはベアータがそんな依頼を出したとは考えにくいという点に同意する。ルーファスは直接関与していないため、どういう人物か知らないが、依頼の内容自体は気になっていたので圭を促すように視線を投げかけた。
「『龍の会』が事後処理を行うって話はさっきしたな。その事後処理がしやすいように、『龍の会』がターゲットを増やすことがある。
今回はそのケースに該当するんだと思う」
「都合の良し悪しで殺す対象を増やすのか……、復讐代行が聞いてあきれるな」
「夜中に怪しい会議を開くような連中だ。居る奴は共犯者なんじゃないの?」
圭の回答を聞いてルーファスが嫌悪感を示すが、アニェーゼは同罪だとバッサリと切り捨てた。元々殺しをやっていたアニェーゼと、ラーサス信徒であるルーファスのスタンスの違いが受け取り方に現れていた。
「そうだな……。
だが、請け負うことが決まったことだ。やるだけだ」
圭は両手を叩いて話を切り上げると、一度目をつぶってから気合いを入れなおし、方針を告げることにした。
「請け負ってから調べたんだが、ヴァディムの屋敷には広大な庭は存在しない。取り逃がす危険性は少ないだろう。
屋敷の敷地内への出入口は二つ。正面と裏になる。正面からは俺とラス、裏からはルルとアニに入ってもらう。」
「最初から二つに分けるのか?」
「調べた情報によると、裏門と正門にはそれぞれ2人警備がいるらしい。
騒ぎが起これば援軍に来ると思うが、逃げ出す場合もあるだろうからな」
圭は地面に落ちていた枝を使って、絵を描いていく。四角く館を描き、周囲を囲って門を表現する。そのうちに二か所を削って、正門と裏門にするとそこに円を二つずつ描いた。
「これで、4人だ。
狭い庭だし、敷地内を巡回するようなやつはいないだろうが、正門をラス、裏門をルルが抑えた状態で、俺とアニが周辺のクリアリングを行う」
「なんだクリアリングって?」
「あーっと……、巡回しているやつがいないか確認することだ」
この世界にきて得られた翻訳能力だが、時折は通訳されないことがある。類似した言葉くらいあるだろうと思うのだが、融通が利かない事があった。復讐代行は暗殺のような仕事に大概なるため、細かい意思の疎通は絶対に必要だ。勘違いや齟齬がないように、通じない言葉は表現を変えて、4人はすり合わせを行っていく。
「屋敷の中はおそらく8人前後。黒色槍騎兵団の使用人は全員暇を出されていることから、屋敷内にいる使用人はよほど信用できる人間。いても、1人か2人と思われる」
「殺すのか?」
「殺す。関係がなかろうと、殺す」
当然だと言わんばかりに圭は質問したルーファスを鋭い目で見た。復讐代行という存在は、あくまで噂話となっている。尻尾をつかませるような真似は許されない。
「情けを出すなよ。失敗したら俺たちが『龍の会』に狙われるんだ」
「安心しろ。手心を加えるような真似はしない」
ルーファスに万が一のことが起きれば、妻のミカが危険にさらされる。裏稼業の悩みを抱えてはいたが、優先順位を間違えることはしない。ルーファスの様子から問題ないと判断した圭は、話を続けることにした。
「続けるぞ。さすがに全員が全員会議をしているとは思えない。2、3人は待機しているはずだ。周囲を処理したら、俺とアニで突入し、順次片づけていく。
突入時は、アレで行く」
圭は外套なかに入れていた覆面のようなものを取り出すと、アニェーゼに投げた。それを受け取ると、アニェーゼは嫌そうな顔をする。
「また、コレか」
「あたりまえだろ」
アニェーゼ曰く、変な形の覆面は、ごく稀にある多人数を殺さなければならない仕事で使用する秘密兵器だ。妙な形をしており、ただでさえも湿度が高い中なので、アニェーゼは蒸す覆面を着けたくなかった。
嫌そうな顔をしながらじろじろと覆面を見るアニェーゼを見て、ルーファスとラーフィリスが苦笑する。そんな二人をアニェーゼは不機嫌そうににらみつけた。
「なんだい、君たちはこれを被ったことがないから知らないんだ。
これ、かなり暑いんだよ?」
「笑ってごめんよ、アニ」
唇を尖らせて不機嫌そうに言うアニェーゼをラーフィリスがなだめるが、声が笑っていたためか、機嫌は直らずますます眉間にしわを寄せるさまだった。
話題を変えたほうがいいと思ったルーファスは、自分が気になったことを口にした。
「中に8人前後いるかもしれないのに、突入するのはアニとケイなのか?」
「ああ、ルルとラスは出入口を見張って、逃げる奴がいないようにしてほしい」
話題を変える目的もあったが、ルーファスは気になってもいた。これまでの仕事では、多人数との戦いは圭とルーファスが担当することが主だった。圭はわかっているというように首を振ると、アニェーゼに視線を投げた。
「アニ。お前が始めた今回の依頼だ。ヴァディムはお前がやれ」
「……本気か、ケイ」
有名な騎士団である黒色槍騎兵団の副団長であるヴァディム。腕が立つのは想像に難くない。それをアニェーゼに任せるというのは、ルーファスには信じられなかった。
ルーファスにとってアニェーゼは暗殺者だ。今回のような大立ち回りでは暗殺技術が生かせるとは思えない。もちろん、暗殺しかできない女だと見縊っているわけではないが、荷が重すぎるのではないかと思った。
一方で、アニェーゼは一瞬きょとんとした顔をしたが、犬歯を見せて獰猛に笑った。
「面白いじゃん。ケイ、僕の腕を試すっていうんだね?」
「見せてみろよ【心臓破り】。腕が錆びてなかったならな」
上等──と笑うアニェーゼを見ながら、心の中で圭は申し訳ない気持ちになっていた。
無事に依頼が終わったら、ベアータからの手紙を渡し、彼女が奴隷になったことを話すつもりだった。その時に、せめてヴァディムをアニェーゼ自身の手で討ってなければ、永遠に気持ちの清算ができないのではないかと圭は思っていた。
圭は忸怩たる思いを隠しながら、笑みを浮かべチームを鼓舞した。
私事:16日連続勤務中、テンション上がってきた




