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異世界復讐代行『その恨み、晴らして見せます』  作者: 馬汰風
第二部「裁きの夜、報われるぬ殺しのために代行屋は闇を動く」
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第一話「殺しの用意」

 パン屋の老夫婦は早く寝るため、起こさないようにこっそりと家に帰り、ラーフィリスは手早く装備を整えた。主要武器であるキックブーツは、夜の外出時は常に装備しているので、それ以外の防具で済むため、ほとんど準備に時間はかからない。

 エルドラード信徒の戦闘は蹴術(しゅうじゅつ)を用いることが多い。蹴術の攻撃は足で行うが、防御は腕を使用する。当然刃物を素手で防げるわけがないため、専門の防具がある。敵の攻撃は金属製の籠手(こて)で防ぐことになる。

 キックブーツと異なり、正式な籠手を一般人が所有していることは珍しい。そのため、表の職業が酒場の看板娘であるラーフィリスはめったに装備をしていなかった。今回は騎士団と正面からぶつかる可能性が高いため、完全装備をしていた。

 黒光りする金属で作られた籠手をつけ、隠蔽(いんぺい)用の布製のカバーで隠し、ラーフィリスは外套をまとった。もともとキックブーツは暗殺用に開発されたものなので、すこしごつい靴程度にしか見えない。もっとも、裏エルドラード神殿の暗殺者が見れば一目瞭然だが。


 ベアータに手入れを手伝ってもらったキックブーツを磨きながら、ラーフィリスはぼんやりと先ほどの圭の態度を思い出していた。

 圭らしくない早急な対応だった。基本的にヴァディムの悪事を暴き、無理ならベアータを逃がす方針と言っていたのが、急に復讐代行になるというのは異常といっても過言ではなった。


 疑念を抱いたラーフィリスは、頭を振って思いを打ち消した。


(私がケイさんを信じないと)


 ケイを信じると決意するラーフィリス、それは信頼というよりも依存というべきだろう。彼女はバンダナで髪をまとめると、そのまま部屋を出た。




*****




 圭はアジトから普段の長屋ではなく、南地区にある図書館へと足を運んだ。必要だったとはいえ、ディムロスと顔合わせをした直後の図書館はなんとなく行きづらい気持ちにさせられる。


(なんで、自分のアジトに苦手意識を持たなきゃならんのだ)


 抱いた妙な気持ちを振り払い、アジトの中に入る。玄関から見えるホールでは、隅にイスとテーブルを構えて酒を飲む《碧い牙》の姿があった。彼女は近くに置いてあった槍を持って立ち上がるが、圭に気づくとそのまま椅子に座りなおして槍を置いた。


「ケイ、こんなに頻繁に来るのハ、珍しいナ」

『装備を受け取りに来たんだ』


 《碧い牙》が大陸共通言語を使用して話すのに対して、圭は狼氏族語で話しかける。異世界チートは伊達ではなく、発音が難しい狼氏族語だろうがネイティブのように話すことができる。《碧い牙》が大陸共通語を使うのは、会話の練習のためだ。勤勉な彼女だがここまで会話がうまくなったのは圭のおかげでもある。

 

「装備、カ? 戦うのカ? 私も手伝おうか?」


 尻尾を左右に振りながら任せろと言わんばかりの《碧い牙》に、圭は苦笑して否定した。尻尾が垂れ下がり、見てわかるくらいに気落ちする彼女を見て圭はほほえましい気持ちになる。酔っぱらっているためか、感情の表現がだいぶ素直になっている。

 《碧い牙》はその見た目通り狼氏族で、仲間のために戦うことを何よりも尊ぶ。圭の為に戦える機会かと喜んだが、すぐさま否定されてがっかり感が否めなかった。


『いつもアリスを守ってくれてありがとう。頼りにしてるよ。

アリスはどうした?』

「ム、大したことではなイ。アリスははしゃぎ過ぎたのかもう寝てル」


 大したことではないと言いつつも、尻尾は左右に振れており、喜んでいるのが見え見えだった。それでもすました顔をして、喜びを隠そうとしているのがわかる。

 どうやら、アリスはもう寝ているようだった。年相応とも思える行動に、圭は嬉しさと同時に苦い思いを味わった。

 ディムロスに言われずとも、アリスの自由を奪っていることは分かっていた。しかし、彼女が独り立ちできる大人になるまでは、誰かが庇護してやらねばならないほどの才覚の持ち主なのだ。


「……あの男にナニカ言われたのカ?」


 圭の微妙な表情の動きや、雰囲気で察したのか《碧い牙》は眉間にしわを寄せた。なんでもないと圭はなだめるが、《碧い牙》は「あの男の言うことなんて気にするナ」と怒り出してしまった。あまり長居をするわけにもいかないので、圭は適当に《碧い牙》をなだめながらなんとかして装備を回収した。




*****




「ラーサス神よ、今日も糧を下さり感謝いたします」


 ルーファスは自宅に戻ると、妻のミカと共に食事をとっていた。最近は夜警が少なく、ルーファスの帰りが早いため、ミカは機嫌がよかった。

 機嫌が良いことには気づいていたが、その理由に気づかないルーファスはのんきに精がつくといわれている、フェルムースと呼ばれる巨大な山羊の乳房で作った焼肉を食べていた。


(柔らかくてうまいな)


 少し熟れたマンゴーのような果物と一緒に炒められており、甘しょっぱい味が口いっぱいに広まる。果物の糖分が柔らかい乳房を分解して、より柔らかみが増し、霜降り肉のように口の中でとろけていた。


「おいしいね、これ。何の肉?」

「フェルムースの乳房」

「ぶっ」


 何の肉か教わり、精をつける目的だと察知したルーファスはミカのたくらみに気づいてしまった。おそらく、夜の一戦を交えようという気持ちだったのだろう。ニコニコと笑いながら両頬に手を当てて身をよじらせるミカを見て、これから外出するといわねばいけない未来に頭が痛くなる。


「実は、夜勤が……」

「ぁああん?」

「ひい」


 笑顔のままドスの聞いた声がミカの口から出されると、ルーファスは思わず悲鳴を上げた。ミカは一度咳払いをして、再び笑顔を貼りつかせる。


「そう、仕事なら仕方ないわ。ええ、仕方ないわ。

別に私はあんたが夜中に帰ってこようが問題ないから。

でも夫婦の信愛を深めるのを蔑ろにするんだし、それなりの手柄は立てられるのよね?」

「か、必ずや!」


 地獄から響くような声に、ルーファスは声を震わせながら急いで食事を飲み込んでいく。食べ終わるや否や、感謝の言葉を述べ急いで身支度を済ませていく。


「ちょっと、法衣はいいの?」

「今日はいいんです!」


 慌てて出かけようとするルーファスに虚を突かれたミカは、ルーファスが私服を来ていることを指摘する。ルーファスは構わないと述べ、レザーアーマーを着込んで外套をはおり、家から飛び出していった。


「まったく鎧まで着て、戦争に行くんじゃないんだから……」


 嵐のように去っていったルーファスの背中を見ながら、ミカは呆れたようにつぶやいた。


「怪我すんじゃないわよ、ルル」


 去っていった夫の方角を見ながら、ミカは口を尖らせた。




*****




 久しぶりに帰った家に中で、アニェーゼは獲物を尖らせていた。【心臓破り】と呼ばれる暗殺技術の根底には、この鋭い武器が必要となる。強度、鋭利、長さ、細さ、そのどれかが欠けているだけで、この技術は真価を発揮しない。

 それさえ整えられれば簡単だ。優れた動体視力と観察眼で、防御の隙間を縫って心臓をめがけ獲物を突き刺す、くるりと回せば心臓は破壊されて即死、単純にして強力な必殺技だ。

 

「……よし」


 鋭く尖らせた針のような武器を、専用のホルダーにしまい込むと、アニェーゼはそれ以外の装備を整えた。対人戦は身軽さが大事だ。人間というのは脆いし、人間同士の戦いは急所を狙いあうようになる。即死か時間がかかるかの違いがあるが、当たれば致命傷であることが多い。ゆえに、回避に特化した装備が重要だ。

 アニェーゼはブーツの内側にズボンの裾を入れて、足が引っ掛からないようにする。また、肘や膝にポイントガードを装着する。胸元、首元の防具を着け、最後に頭へ鉢金を巻いた。これは圭が考案した装備で、上段からくる切り攻撃を防ぐことができる代物だ。


 そして、【心臓破り】の本当の奥義を使うための魔法石の矢じりを胸元へしまい込んだ。


「父様、兄様……」


 装備を整え終えたアニェーゼは、ダルカード神の聖印たる本を象った置物に目をやる。本の裏側には、アニェーゼの父と兄の名前を刻んでいた。彼女は仕事をする前に必ず父と兄に報告をすることにしていた。


「ベアータは僕のような人です。

父様、兄様がなぜ同僚たる騎士に殺されたかは知りません。

きっと、ベアータと同じようにろくでもない理由なのでしょう。

だからこそ、僕はベアータを助けようと思います。

父様、兄様の敵を取れなかった僕でも。

僕のような人を救うことはできると思います。

この仕事が終わったら、ケイにお願いして旅にでようと思います。

きっと、ベアータはこの街では生きられないでしょうから、彼女と一緒に旅出ようと思います。

彼女が幸せになれれば、僕も幸せになれると思うのです。

見守っててください」


 アニェーゼは聖印に一礼すると、迷路横丁の闇の中へと飛び出していった。


 かなわぬ思いを胸に秘めながら。


17/7/30 誤字修正

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