第八話「札は切られた」
迷路横丁は日中でも暗い場所だ。そのため、夜はなおさら闇が深くなる。そんな迷路横丁を照らす光は、空に輝く六神教の神々を象徴とする天体たちだ。今夜は、白く輝く衛星ルドラード、赤い衛星カシュー、緑の衛星メリルが浮かんでいた。入り組んだ小道はその光すらも妨げるが、慣れている者にとっては十分な光源だった。
そんな暗い道を歩き、顔を隠した男がアジトの前にたどり着いた。布を巻いて即席した覆面からは、緑色の髪が漏れている。特徴的な緑髪のルーファスは、周囲を確認してからアジトの中へと入っていった。
「遅くなった」
「おそいぞ、『白の』」
「なんでそんなにお前は偉そうなんだ?
お前のせいで迷惑を食ってるんだぞこっちは」
アジトの中に入るなり、非難の声を上げるアニェーゼを見て、ルーファスはため息をついた。どうすればこういう人格が育つのだろうと思いつつ、あたりを見回すと圭とラーフィリスもいることに気づいた。
「……今日は全員いるのか?
その騎士の娘はどうしたんだ」
「僕は知らないよ。圭に聞いてくれ。
詳しくは全員集まったら話す、しか言わないんだこいつは」
アニェーゼが親指で圭を指すと、ラーフィリスも彼の様子を横目で見ている。どことなく圭が芳しくないのをルーファスは感じた。女性陣もそれを感じ取っているのか、ラーフィリスは明らかに不安そうであり、アニェーゼもいらだっていた。
「で、ベアータは無事なんだろうな」
「……安心しろ、騎士どもにつかまっているということはない」
少しだけ沈黙したのちに言うものだから、一層メンバー内の緊張が深まった。圭もそれに気づき、咳払いをしてから「問題ない」と言った。
「まずは調査の結果を報告しよう。ザック副団長の館、つまりベアータの家にある隠し棚を調べたが事態が好転するものはなかった」
「そうか、残念だ」
「じゃあ、なんでベアータはいないんだよ」
圭の様子から予想をしていたため、特に驚くこともなかった。ルーファスは淡々と感想を述べたが、アニェーゼはそれよりもベアータがいないことのほうが気になった。
「仕事だ」
「なにが?」
要領を得ない圭の言葉に、いらだった様子でアニェーゼが聞き返す。
「俺たちの仕事だ。復讐代行。対象は黒色槍騎兵団のヴァディム副団長とその取り巻き。今夜集まるヴァディム派の集会にいる奴らは全員殺す。金額は連合銀貨120枚、一人40枚だ」
さすがにこの言葉は予想していなかったため、息をのむ声がアジト内に響いた。ラーフィリスはこわばり、アニェーゼも呆然とした。ルーファスは突然の展開が理解できず、まじまじと圭の顔を見た。
圭が詳しく説明しようと口を開きかけたが、それよりも早く戸惑いから解放されたアニェーゼがにやりと笑った。
「いいね、そういうのを待ってたんだ。
誰に預けたかは知らないけど、仕事だってんだらベアータがいない理由もわかった。
けど、依頼主は誰だ? ベアータのなのか?」
かなり乗り気なアニェーゼに対して、ルーファスの心境は複雑だった。黒色槍騎兵団は名をはせた騎士団、そんな彼らを4人で殺すことが果たしてできるものなのだろうか。
むしろそれよりも、成功してしまった後の混乱を想像してぞっとした。
「お金はどうしたの?」
基本的に圭の言うことに忠実なラーフィリスは、戸惑いはあるものの、ひとまず話を続けようと気になったことを質問した。
「隠し棚にある程度の金が入っていた」
「そこから払ったのか」
アニェーゼは納得した様子だったが、ルーファスに疑念が生まれた。依頼料を賄える大金を隠していたとは思えなかったためだ。まさか本当に横領した金なのではないだろうか、そう思ってしまった。
「1人、40枚だ。今回はアジトの管理費は除くことにしている。
請け負うなら、握れ」
質問がいないと判断した圭は、120枚の連合銀貨をそのまま4つに分けた。アニェーゼは躊躇いなく受け取ると、懐の財布にしまった。
じっと金を見つめていたラーフィリスが、次に金を受け取った。表情は引き締まったままで、そこから感情はうかがい知れない。
一方、ルーファスは金をつかまなかった。ただ、じっと眺めたままだった。
「なんだよ、『白の』。怖気づいたのか?」
アニェーゼが揶揄するように、鼻を鳴らしてあざ笑うと、ルーファスは彼女をにらみつけた。
「ちげえよ。ケイに誘われて入ったこの稼業だ。どんな依頼だろうが、やって見せる。
だが、皆殺しってのがな……」
言葉の意味が分からなかったアニェーゼはきょとんとした顔をした。ルーファスの意図に気づいた圭は、安心させるような落ち着いた声色で口を開いた。
「今まで行っていなかったが。元の依頼費と競りの落札額は『龍の会』が受け取る。
だが、それは単純に『龍の会』の取り分になるわけではないんだ。復讐代行による影響を軽減させるのに使われてもいる」
「どういうことだ?」
このメンバーで仕事を行ってきたのは1年ほどだが、圭以外は初めて聞く話だった。
「白絹屋の時に、マイク機織りの従業員は白絹屋に吸収されたり、何らかの仕事の斡旋があったり、噂が流れたりしただろ?
そういうのを『龍の会』が手をまわしてやっているんだ」
そういわれて、ルーファスはこれまで殺してきたことによる弊害はほとんどなく、捜査も自然と打ち切りになっていることに気づいた。また、ルーファスが周りへの影響に木津なかったのも、これまであまりに影響が少なく、自然に風化していたからだと気づいた。
「そうか……そうだったのか。
わかった。それなら、俺も気にすることはない」
話を聞いてルーファスは自分を納得させると、金を受け取った。全員が金を受け取ったのを確認し、圭は頷くと最終確認をした。
「今晩開催される、ヴァディムの屋敷での会合にいる人間をすべて殺すのが仕事だ。
西南地区のサンパーニェ通りにあるいつもの場所で集合する。
全員混戦を覚悟した装備で1時間後に集合だ。わかったな?」
「おう」
「ああ」
「了解」
圭の指示にそれぞれ首を縦に振ると、自然と祈りをささげた。
──我らカシュー神の代行者、復讐を為す者也
──ラーサス神に代わりて、裁きを与える
──咎人を、ダルカード神が鍛えし刃で屠り
──メリル神の風のごとくに消え去りぬ
──悲しみに打ち震える心に、マラリーナ神の癒しの水を
──エルドラード神よ、犠牲者に安らぎを与えてくれ給え
祈りが終わると4人は立ち上がって、入口へ向かった。仕事が始まるまでいろいろなことがあったが、ここまで来ればいつもとやることは変わらない。ただ殺すだけだ。
最後に部屋から出たラーフィリスは、部屋を照らす燈明にふっと息を吹き付けた。灯っていた炎が消え、アジトが暗闇に包まれた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
隔日、三日おきの更新を目指しておりましたが、休みなしの出張中でして少し更新が難しくなっております。
可能な限り週二回は更新したいと思っていますので、ご了承のほどお願いします。
なお、第二部は最後までプロットはできていますのでエターにはならないのでご安心ください。




