第七話「依頼成立」
『兎』が受けようとしたベアータの依頼を『龍』は断った。その言葉を聞いて、圭は残念のようなほっとしたような、奇妙な感情を抱いた。ドライな感情で言うならば、アニェーゼが持ってきた厄介事が依頼になってくれるなら良いとも思ったが。本音としては復讐代行に頼まないほうが良いと思っていたからだ。
ヴァディムを殺して、すべてを闇に葬って表舞台に戻れないよりも。ヴァディムの罪をいつか暴けると信じて、希望を持ち続けたほうが良いのではないかと圭は思った。
「では、足りない分は私で補えますか?」
しかし、そんな圭の思いをベアータの言葉が粉砕した。
「おい、ベアータ。何を言ってるんだ?」
思わず圭はベアータの肩をつかんで、強引に顔を合わせた。目を合わせて、彼女の諦めが混じりつつも、意志がこもった瞳を見て、ようやく意図をつかむことができた。たとえ自分が亡びることになろうとも、ヴァディムを道ずれにする。それこそが彼女の望みだった。
圭はベアータの思いを見誤っていたのだ。
『それは、キミを売り飛ばすという事でいいのかな?』
面白がるような『龍』の声が廃倉庫の中に響き渡る。『龍』が乗り気であるとわかると、なおさら慌てて圭はベアータの肩を揺すった。
「落ち着け。俺とラスの関係を聞いて、希望を持っているって言うのならそれは大間違いだ!
俺たちのケースはかなり特殊なものだ。表に出せない人間の奴隷市場だなんて、よくて性奴隷、最悪では実験台や炭鉱慰安婦だぞ!
奴隷になったら二度と表に帰ることはできない!」
この国の奴隷は他国と比べると穏便なものが多い。口減らしなどで売られた子供は、基本的には自分で奴隷としての立場を選ぶことができる。給仕に性奴隷の仕事をさせることはできないし、無意味に迫害して殺害することは許されない。
だが、例外として犯罪者などの表に出せない奴隷たちが存在する。そういった奴隷たちは表の奴隷では成せない炭鉱夫や剣闘士といった死亡率の高い仕事や、劣悪な仕事をさせることになる。ラーフィリスと圭の関係とは比べ物にならないくらいに、未来が閉ざされてしまうのだ。
「ケイさん。私は本当に皆さんに感謝しています。
厄介ごとでしかない私を受け入れてくれて、利益にもならないのにいろいろしていただけました。
私を娘と呼んでくれた養父の無念を晴らすこと、それももちろん理由としては大きいです。でもそれだけじゃなくて、これ以上皆さんに迷惑をかけたくないんです」
「ふざけるな、こんな半端な状態で梯子を外すんじゃない。
ラスやアニがどんな気持ちになると思ってるんだ!」
唾を飛ばしながらまくしたてる圭に対して、ベアータの表情は変わらなかった。決意し迷いの吹っ切れた彼女の顔を見て、圭はやるせない思いになった。その顔から説得が不可能であるとわかってしまったからだ。勝手に巻き込んでおいて、勝手にそんな判断をするとはなんて自分勝手なのだろうか。圭は彼女の決意に苛立った。
『キミは依頼者じゃないだろう? 俺は彼女と話しているんだ。部外者は口を挟まないでくれよ』
『龍』は声とともに、廃倉庫内に置かれていた箱の裏から龍のお面をかぶった男が出てきた。普段は髷にしている長い黒髪をそのまま下しているため、龍の鬣のようにも見えた。
「俺の話は終わっていないぞ、『龍』!」
「君は部外者だろ『虎』。覚悟が決まっていないのなら、同行なんてしなければよかったのさ」
がなり立てる圭に対して、『龍』は飄々とした態度で受け流した。もはや二人の関係性を隠そうとしない呼び合いをしたが、ベアータは予想していたのか驚きを見せなかった。
「きっと、ケイさん達が復讐代行を行う人なんですよね……。
私のせいで危険な目に会うのは嫌だけど、どうかお願いします」
深々と頭を下げるベアータ見て、圭は説得をするのを諦めた。その代わりに気になったことを聞くことにした。
「いつ、俺が復讐代行の殺し屋だってわかったんだ?」
「皆さんがやっているという仕事のわりには、私のことを助けられるほどの余裕があったので、何らかの理由で大きな収入を持っているのだとわかりました。
ラーフィリスさんの武器を手入れさせていただいて、まるで暗器のようでした。
アレスさんも腰に手を持っていく癖があることに気づきました。
最後に、あんな異常な『隠密』を活かせるのは暗殺者しかないだろうなと思いました」
「手の内を見せすぎたな……」
「そんな裏社会に精通している人なら、きっと復讐代行を知っているだろうと思って、藁にもすがる思いで聞いたんです。そしたら、詳しく知っていたので、じゃあ復讐代行の暗殺者なんだなって」
「最後は墓穴を掘ったわけだ」
異常なまでに穏やかに話すベアータに、圭は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。アニェーゼが持ってきた厄介事に対して、対応がうかつ過ぎたと自覚したからだ。
「今までありがとうございました」
「アニやラスにいえ、俺はとどめを刺したみたいなもんだ」
朗らかとはいいがたい様子で話す2人に『龍』が近づいてきた。
「本当は、復讐代行を知った人間は始末しなければならないんだけど。
キミは依頼主になるみたいだからチャラにしてあげよう。
じゃあ、俺が君を買う人たちの元へ連れて行こう。依頼費分になる値段で売れたら、キミの依頼は成立だ」
「はい。ケイさん、本当にありがとうございました。
くれぐれもアレスさんとラーフィリスさんによろしくお伝えください」
『龍』に連れていかれるベアータを、圭はただ黙って見送ることしかできなかった。
*****
君はここで待っているように、と言われた圭は廃倉庫で立ち尽くしていた。そんなかっを心配するかのように兎の面をかぶった少女が現れた。少女は圭に近づくと、そのお面を外して顔をさらした。子供と言って差し支えない、幼い顔が露わになる。目立った特徴は、顔に刻まれた大きな刀傷だ。左頬から鼻の近くまでざっくりと残っている大きな傷が、少女の美貌を損ねていた。
「圭……大丈夫、『龍』は悪くはしないよ」
「どうかな、あいつは俺のことを嫌っているようだからな」
復讐代行『龍の会』において、死神と呼ばれ恐れられている少女、通称『兎』。その少女と圭は顔見知りだった。さらに言ってしまえば、『龍の会』の真の元締めである『龍』とも知り合いであった。表向きでは明らかになっていない、『龍』の正体を圭が知っていたのは、最初から彼のことをしてい居たためである。
不気味な死神を演じていない彼女と話すのは久々だった。ギャップを感じて戸惑いを圭は覚えた。
「久しぶりだな、元気にしてたか?」
「うん、圭も元気だった?」
「ああ……」
まったく元気そうではなかったが、圭はおざなりに肯定した。心配そうに『兎』が彼を見るが、とてもじゃないがフォローできる気持ちではなかった。
「いきり立つマスラオだった?」
「おい、あのくそ野郎はどんな教育をお前にしているんだ?」
あまり和気あいあいと会話をしたい気持ちではなかったが、『兎』の下世話な発言に圭は思わず突っ込みを入れてしまった。そして、『兎』を『龍』に預けたのを後悔した。
「よかった、元気出た」
だがそんな圭の様子を見て、『兎』は無邪気にも喜びの声を上げた。邪気を払われた圭は、思わず嘆息した。
「マスラオいきり立った?」
「その言葉を使うのはやめなさい」
まるでこれでは、悪い言葉を覚えてきた娘を叱る母親じゃないかと圭は思いながらも、『兎』の言葉使いを修正していった。結果的に、すこし気持ちを持ち直した圭は、ぽつりぽつりと『兎』と近況を話ながら時間をつぶしていった。
しばらく時間が経過して、『龍』が廃倉庫に戻ってきた。
「売れたよ。いやあ、思ったより高かった。仕事は成立したよ」
来るなり不愉快な物言いをしてきた『龍』に圭は不快感を抱いた。顔をお面で隠しているため表情は読み取れないが、声色からかなり愉快そうであることは間違いなかった。
「その不愉快な話を俺にしてきてどうだっていうんだ?」
「別に? ただ、良い売り上げがあって喜びを分かち合おうと……。冗談だよ、冗談。そんなにムキになりなさんなって」
不愉快な言い回しを続ける『龍』に圭が殺気を込めると、手を振って茶化した。そして、かなりの重みを感じる袋を圭に渡した。
「なんだこれは?」
「今回の依頼料さ。
えーっと、なんだっけな。今回は特殊であり、時間もないため元締めであるこちらと、そちらで一発の競りを行う。袋の中身は連合銀貨200枚。依頼内容は黒色槍騎兵団副団長ヴァディムとその取り巻き全員。今晩、ヴァディムのアジトに集まる彼らをすべて殺せ」
「すべてだと? それに今晩?」
「お前知らないだろ? あんたの仲間、ケツに火がついてるぜ?
まあ、それはいい。とにかく今晩中にケリをつけてもらうってことさ。
お前が競り落とす金額だけ、袋に移し替えな。そしたらこちらの金額を口頭でいう。
お前の金額のほうが安ければ、お前が殺る。高かったら、俺が皆殺しにしておく」
「随分と勝手なことを言うな」
「お前の状況と、依頼主の希望を加味した結果さ」
好き勝手に言う『龍』に辟易しながらも、どうせ言うことを聞かないのだからと素直に圭は差し出された空の袋を受け取った。背を向け、袋に入った連合銀貨を移し替えていく。
(依頼を受けるだけなら、連合銀貨4枚でもいい。
だが、安すぎる金で殺しは絶対にしない。この世界で俺が定めた決まりだ。
アニのやつは自業自得だが、ラスやルルも巻き添えにするんだ。妥当といえる金額で受けなければならない。)
ちらりと後ろに視線を投げると、腕を組んだ『龍』が立っていた。表情はお面で隠れているが面白がっているようにしか見えない。
(こいつの考えは読めている。俺が安い金額を提示して、それをあざ笑いたいんだろ?)
元締めである『龍』は手を汚さずとも、競りの差額が勝手に収入になる立場だ。代行後の後始末をしてはいるが、基本的に楽な立場にいる。嫌がらせをするにしても、安い金額は入れないだろう。
(なら、おそらく龍が提示する金額は満額の200枚。俺は199でも勝てるはずだ)
そう思って、ぎりぎりまで金を移し始めた圭の視線に、不安そうな『兎』の顔が映った。心臓をわしづかみにされた感覚を覚え、圭はお金を移す動作が止まる。
(何をムキになっているんだ俺は……。
保護するはずだったベアータを奴隷として売り飛ばした挙句、ヴァディムの復讐代行すら失ったら、アニやラスはどこに感情をぶつければいいんだ)
『龍』の戦闘能力は高く、ヴァディムを殺すことなんて容易だろう。それならば、復讐代行の競りは圭が勝とうが負けようが、どちらでも構わないはずだ。どちらにせよ、圭をあざ笑うことは可能なのだから。おそらく、金額を言う段階になって初めて適当に考えた値を示すだろう。
落ち着きを取り戻した圭は、ある金額を分けて両手にそれぞれ袋を握り振り向いた。
「決めたぞ」
「どっちだい?」
「左だ」
圭はあえて、どちらの袋が決意した値段か言わなかった。こうすることによって、分けた二つの袋が、二つの選択肢になってくれたのだが、その作戦はあっさりと見破られてしまった。そこで、圭は大本命であり左の袋で決意した。
「ラストアンサー?」
「さっさと言えよ」
昔あったクイズ番組のようなノリで、『龍』が言うのを圭は不快そうに拒絶した。『龍』はつまらなそうな顔を一瞬しつつも、少しだけ悩んだそぶりをして金額を提示した。
「140枚」
やはり、中途半端な数字を選んできたか。圭は心でそう思い、右手の袋を『龍』へ放った。
「120枚、俺の勝ちだ」
『龍』は80枚の連合銀貨が入った袋を受け取ると、わずかに悔しそうに顔をゆがめた。
結局、圭は原点に立ち返り、普段競りならいくらまで下げたかを考えた。圭たちは4人のグループのため、4で割れる倍数。かつ今回は騎士団の副団長とその取り巻きすべてを殺すため、それなりの金を得られないと割に合わないだろう。結果、圭は120枚という数字を提示した。
「じゃあ、この依頼は『虎』の落札だね」
龍のわずかに悔しそうな顔を見て、出し抜いてやったと圭は満足した。そして、仕事が決まった以上はもはやここに用はない。廃工場からを後にした。
「なんだ」
「これ、依頼主さんからのお手紙だよ」
廃工場から出ようとする圭を『龍』が引き留めた。不機嫌な様子を見せながらも、圭が振り返ると、彼は手紙を差し出した。真新しい蝋で封じられた手紙を圭は受け取り、その場を後にした。
17/6/14 呼称に関して
圭はラーフィリスをラスと呼び
アニェーゼはララと呼んでいました
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