第六話「騎士の娘、復讐代行を依頼する」
強い意志を込めた瞳が圭に突き刺さった。まるで睨まれているような感覚を覚えて、圭は一瞬どきりとした。
(さて、どうするか……)
復讐代行『龍の会』を紹介するのは簡単だ、なぜなら圭こそがその代行だからだ。しかし、安易に紹介していいものだろうかと、彼は悩んでいた。
この復讐代行という存在は表に出ていない、都市伝説のように、この国でまことしやかにささやかれているのみだ。表向きはただの噂だとされており、裏社会ですら存在が噂されるが、ごく一部の人間のみが真実だと知っている、そういう存在だ。
では依頼をどうするかというと、復讐を望む人物が伝手を使って取りまとめ役──すわなち『龍』へ依頼する。もしくは、復讐を望んでいる人間の元へ、『龍』の使いが接触をすることになる。例外としては、白絹屋のケースのように、圭のような実働を行う代行がこっそりとりと仕事を仕込むケースもある。
つまり、ほとんどの人間は復讐代行を都市伝説のように思っており、ごく一部の人間のみが紹介できる存在なのだ。安易に紹介できるものではなかった。
もっとも、圭が悩んでいたのはそのような次元の話ではなかった。果たして紹介することがベアータにとって本当にいいのか、そこが判断ができなかった。仮に復讐代行によってヴァディムを殺すことができたとしても、ベアータの立場が良くなることはない。追手は緩くなるだろうが、死人に口なしで、ヴァディムの悪事が表に出ることは永遠になくなるだろう。
依頼費に関しても問題だ。恐らくは隠し棚から発見されたお金を宛てにしているのだろうが、それを使うとベアータが潜伏するために使用する金がなくなってしまう。もっとも最悪はアニェーゼに責任を取らせてもよいかもしれない。
如何すべきかと圭は悩んだが、ベアータの強い意志がこもった瞳を見て決意した。知らないふりをしてもベアータの意志は固そうであり、自分で探し出す可能性もある。それならば、自分が紹介したほうがましだと判断した。
「最初に言っておくことがある。
仮に、ヴァディムを討つことができたとしても、事態は好転しない。
むしろ、主犯格である彼が死んだ場合は、この事件が明らかになることは永遠にないだろう。それでもいいのか?」
「仮に、私が生き延びて、落ちのびても……。養父の疑惑が張らせないのでしょう?
捲土重来したとしても、武力に頼るのは目に見えています。
結果が一緒なら、今すぐ果たしたほうがマシです」
「まだ、ヴァディムの悪事を明らかにできないわけではない。
そっちの道を選んだ場合は0%になるぞ」
「正直に言ってくだい。今も、ほとんど可能性はないのでしょう」
「0と少しなら大きな差だぞ」
「……いま、アレスさんや、ラーフィリスさん、ケイさんい手伝ってもらえている時点で奇跡のようなものだってわかっています。
これ以上の奇跡は、無理でしょう?」
諦めが混じった儚い笑みのベアータを見て、圭も決意がついた。
かわいそうだと思うが、この世界でひどい話だなんて腐るほどある。ドライな事を言ってしまえば、アニェーゼ経由できたこの話はただの厄介ごとに過ぎなかった。それが、復讐代行の仕事になるのならば、是非もない。
それに連合銀貨80枚程度で騎士団長を暗殺する仕事になるとも思えないので、それで諦めてくれれば御の字だろう。そうなった場合は王都から逃がし、ほとぼりが冷めるまでアニェーゼと共に潜伏してもらう。そのうちに落ち着いてくるだろうと圭は判断した。
「わかった、キミの意見を尊重しよう。
ついてこい」
*****
実働部隊である代行──すなわち圭が復讐代行屋『龍の会』に連絡を取るには、西南地区の料亭である『龍の会』に連絡すればよい。
【『龍』へ。 新作を注文する。 『虎』】
簡素な連絡だが、これで依頼者がいるという事が向こうに通じる。あとは、約束の場所に行けばよいだけだ。圭は『隠密』を駆使しながら、ベアータと共に西南地区にあるぼろい倉庫についていた。『龍』の使いが来るまで暇を持て余していた。
「ケイさん。なんでケイさんラーフィリスさんを買ったんですか?」
暇つぶしの話題にしては衝撃的だったため、圭は思わずベアータを凝視してしまった。何んとなしに聞いたわけではなく、まじめに質問をしているようだった。
「……ララが言ったのか?」
「体を拭いている時に奴隷印を見てしまって」
「そうか……。あれは一生残るからな」
あまり触れたくない話題だったため、圭は黙りこくった。しかし、ベアータは圭がしゃべるまでじっと見つめてきた。視線に耐えられなくなった圭は、顔をそらし、頭を掻いた。
「贖罪だ」
「贖罪ですか?」
想定外の返答が来たため、ベアータは目を丸くした。
「詳しくは離せないが……。
俺はララが奴隷になった理由に関わっていたんだ」
「それは……ラーフィリスさんは?」
「知らない」
この世界に来てからの初めての失敗だった。ディムロスは、力あるものは宿命から逃れられないといっていたが、圭に言わせてみれば、力あるものは責任にから逃れられないといったところだった。
「調子に乗っていたんだ。
異世界転移で得られたチートが糞の役にも立たないと思ってたが、想像外の使い方だと本当にチートだとわかったんだ。
何でもできると思っていた。それに付帯する責任を知らなかったんだ。
神様から与えられたチートで、調子に乗っているガキだったんだ」
その結果、後先考えずに手を出してはいけないものに手を出してしまった。その影響力をわかっていなかった。
(それでララを奴隷から解放することで、罪悪感から逃げたんだ。
今度はうまくやると嘯きながらも、ララに真実を知られることが怖かった)
突然、力を得たガキがうまくやるだなんて不可能だった。ラーフィリスに裁いてもらうことを避けた圭は、再び失敗をしでかしてしまった。その経験を経て、今の圭が作られた。
(俺は、絶対に自分の意志で殺したりはしない。復讐代行、他人の代行をやる程度がちょうどよい。無料では絶対にやらない、有償だ。)
愚かな自分ができるのは他人の代行。それが自分にとって分相応な仕事だ。圭はそのように思うようになった。
ぶつぶつと圭がつぶやいた言葉は、ベアータには理解できなかったが。圭にとってラーフィリスが深い後悔の元であるという事がわかった。
『その場から決して動くな。お前たちが依頼人か?』
そのとき、廃倉庫の中に声が響いた。若い少女の声で、圭にはそれが『兎』の声だとわかった。声にベアータが肩を震わせた。
「俺は付添だ。依頼者は女の方だ。
ベアータ、頼む」
「は、はい。
私は黒色槍騎兵団ザック・チェスティの娘、ベアータです。
ヴァディム副団長に濡れ衣を着せられ殺された養父と、私を逃がしてくれた執事のために、ヴァディムとその取り巻きを殺してください」
当初の打ち合わせ通り、声が聞こえたほうにベアータが依頼を述べた。
『偽りの復讐を依頼した場合、その命で償ってもらうが……嘘はないな?』
「はい!」
『では、いくら出す?』
「連合銀貨40枚、連合金貨4枚で依頼します」
公爵家の騎士団の、副団長を殺害するには安すぎる依頼料だ。『兎』が依頼を成立させるかは、彼女の胸先三寸次第だ。しばらく沈黙が続き、ベアータが緊張でつばを飲み込んだ。
『いいだろう』
圭にとっては予想外の言葉に驚いた。まさか、この金額で受けるとは思わなかったからだ。
だがしかし、『兎』が依頼を受けると言おうとしたとき、別の声が倉庫に響いた。
『いや、ダメだよ。それでは安すぎる』
『龍』の声が、『兎』の判断を否定した。




