第五話「令状と、養父の手紙と……決意と」
「ア……レス、戻ってないのか?」
「誰もいませんね」
無事にザック副団長の屋敷逃げ帰った2人は、ラーフィリスの家に戻っていた。予定通り隠し棚から、何らかの箱を持ち帰ることができた。あとはこの中になんらかの切り札が入っている事を期待するだけである。
持ち主のいない女性の家だが、圭は何も気にせず中に上がり椅子に座った。堂々とした圭の行動に、戸惑いながらもベアータは圭に合わせて椅子に座る。
「早速だけど箱を見せてくれ」
「はい」
抱えたままだった箱をテーブルの上に置くと、圭は受け取った。箱は蓋と底が別になっている形のようで、わずかに大きい蓋が底にかぶさっている。ぴったりと合わさる様に作られているため、木材同士の摩擦で簡単には開かないようになっていた。圭は両サイドを手でつかみ、蓋を引き上げて外した。
箱の中には、数枚の書類と手紙、そして硬貨が入っていた。使いやすいようにするためなのか、連合銀貨が主で40枚ほどある。そして、それだけではなく連合金貨も4枚入っていた。ソロヴァ王国では金山が少ないため、国内通貨は銀貨のみで取引をされている。そのため、連合王国金貨はソロヴァ王屋内でかなりの価値を持っていた。安くても連合銀貨10枚か、ソロヴァ銀貨50枚、高くて連合銀貨13枚ぐらいで取引をされるほどだ。つまり箱の中にはざっくりと連合銀貨80枚程度が入っていた。
(副騎士団長っていうのは、ここまでへそくりが貯められるほど儲かるのか……。
まさか、これが横領の金ってことはないだろうな?
まあ、横領の金にしては安いか)
大量のへそくりを発見して、圭は思わず横領を疑ってしまった。しかしながら、よくよく考えてみると彼のイメージでも副団長は高級取りだったため、おかしなほどの金額ではないだろうと判断した。
なお、圭は知らないことだが、副団長の年収はおよそ800連合銀貨程度である。ルーファスの年収が200連合銀貨であることを考えると、その収入の高さがわかるだろう。
ベアータはお金に驚いていたが、すぐさま手紙の方に興味が移った。手紙には【我が娘へ】と書かれている。
「ベアータ、書類は俺が確認する。
キミはその手紙を見るんだ」
「……はい」
何が書かれているのだろうか、圭も気になったが自分の役割はこの事件に決着をつけることである。圭は好奇心を抑えると手紙はベアータに任せ、書類の方を確認した。
(エルドラード神殿の記録か……?
妙にきれいな字だな。文字のインクも統一されている。
インクのかすれ具合がすべての文字で綺麗に一致している。連続して書いた風に見えるが……日付が変わっても続いているところを見ると、写しと見るべきだろう。
性別に、日付に、両親の名前……出生記録か)
この世界では警察だけでなく、病院といった機関も神殿が担っている。普通の病院は水と癒しを司るマラリーナ神の神殿で行っているが、出産は主神の妻、すなわちラーサス教徒の母であるエルドラード神の管轄となる。
なぜ出生記録があるのか、養女であるベアータと関連がありそうだなと推測された。興味はあるが今回の事件とは関係なさそうなので、圭は無視することにした。
中に入っていた書類を何枚か確認したが、王都への立ち入り者の記録や、エルドラード信徒の神官の任命記録など、公的な記録の写しが多かった。
(ベアータの母親を探していたのか?)
関連する資料から想像できることはそれぐらいだった。恐らくザックはベアータの母親を探していたのではないかと推測できた。
(てっきり、どこかの貴族の末娘を養女にしたのかと思ったが……。
もしかして、身元のしれない女を腹ませていたのか?
だとすると、ベアータはザックと血がつながっていることになるが)
直接的な関係性がないとみて、ベアータの本当の両親などについては調べていなかったが、ここまで資料が出てくると好奇心が湧いて来てしまった。妄想がとめどなく湧いてくるのを感じて、圭は苦笑した。
(何を考えてるんだ。推理小説じゃないんだぞ?
出てくる情報すべてが今回の事件とかかわりあるわけがない)
ベアータの両親探しは今回の件にケリをつけてからで良い。思い直した圭が次の資料を見ようとしたとき、黒色槍騎兵団の紋章が押された紙が飛び込んで来た。
正式なヴァディム騎士団長から出された命令書だ。まさに本命の書類を発見し、圭は若干興奮しながら内容の確認をした。
【令状
ザック・チェスティをロームルス橋崩壊に関する調査員として任命する。
騎士団内の人間がこの事件に関わっている可能性が高いため、十分注意されたし。
調査過程で生じた費用は、連合銀貨100枚までなら補填するものとする。
スプリングス・アッパーヴィレッジ】
(ヴァディムの名前は書いてないか……)
ロームルス橋とは、王都と侯爵領間を大きな川のロームルスにかかる橋の事である。彼らの妄想に近かったが、ヴァディムがかかわっているのではないかと推測されていた橋の名前が出てきた。アニェーゼの推測が補強された形になり、圭は今回の事件の大まかな真相をつかんだと感じた。
しかしこの令状には、ヴァディムの名前が書かれていない。これだけで彼を追及するには、かなり無理がある証拠品だった。この令状を用いてヴァディムの陰謀を暴くには、ロームルス橋の崩壊責任がヴァディムにあることを証明する必要がある。追跡されているベアータを抱えたまま、そんなことをする時間があるとは思えなかった。
(切り札じゃなかったか……)
落胆しつつも、圭は前向きに考えることにした。ヴァディムを追求するのは至難の業であり、少なくとも自分の立場から何とかすることはできないだろう。ならばいっその事、諦めてベアータを逃がすことに集中すればいい。
証拠になるだろうと考えられていた令状が特効薬ではないとわかり、ベアータの説得も容易になったという事もある。希望があるうちは頑なになる物だが、不可能とわかると受け入れやすくなるはずだ。
それに、ザックが残してくれた金を逃走資金に充てることもできるのは、上等と言えるだろう。
「ケイさん、ダメだったんですね?」
物思いにふけっていて圭は気づかなかったが、ベアータは心配そうな顔で彼の事を見ていた。表情で気づいたのか、芳しい結果ではなかったのに気づいたようだ。
圭はわざと大きくため息をついて、令状をベアータに渡した。
「ロームルス橋の落下を調査する令状だ」
「えっ、じゃあ……これで追及できるのでは?」
「ヴァディムの名前がない以上、奴とこの事件を繋ぐための物がない。
それに、これを何も考えずに表に出すと、この事件すらザック副団長の責任にされるかもしれないぞ。
例えば『横領したノーヘルノーベルを途中で爆破させてしまった。それがロームルス川崩落の真実だ。スプリングス騎士団長は、橋の崩落が内部の犯行だと気づいていたが、誰だか分からず誤って犯人に捜査を指示してしまった。感づかれつつあると察したザックは凶行に出た』っていうストーリーにされかねないしな」
「そんな……!
いえ、きっとそういう風にしてくるんでしょうね」
「……念のため、そっちの手紙の方も見せてもらえないか?」
圭が掌を上にして手紙を渡すように要求する仕草をすると、ベアータは一瞬だけ悩んだが、素直に手紙を渡してきた。素早く内容に目を通す。
圭が異世界転移で得られた言語能力チートは手紙でも発揮し、見たこともない異国の文字だがすらすらと内容が頭に入るので、速読の達人といって良い速さで内容を理解することができる。
【ベアータへ
この手紙を読んでいるという事は、私の身に何かあったか、勝手に隠し棚を見たという事に他ならない。後者だったらこのまま私に謝りなさい。前者なら続けて先を読みなさい】
(なかなか、ユーモラスな人だったんだな)
いきなり笑わせにかかる手紙に心の中で突っ込みを入れながらも、圭は続きを読んだ。
【お金が入っていることに驚いたかと思うが、これはいざという時のために私が用意してきたものだ。怪しい金ではないので心配せずに使ってほしい。
キミはなぜ私が、キミを養子にしたか気にしていたね。実はキミを養子にしたのは、スプリングス騎士団長に頼まれたからだ。そして、キミの母親をずっと探し続けていた。残念ながらこの手紙を読んでいるという事は、私は君の母親を見つけることはできなかったようだ】
(なるほど、出生記録はそのための物か……。
しかし、なぜここでスプリングスが出てくるんだ?)
スプリングスとザックが親密な関係にあったという情報は得られている。それはこのようなことがあったからなのだろうか。ベアータの本当の両親は誰なのだろうか。スプリングスの私生児なのだろうか。なぜ、ザックが育てることになったのか。疑問は尽きなかった。
その疑問の一部は後の記述で氷解する。
【このような形になっても、キミに父親の名前を告げることはできない。許してほしい。
ただ、一つだけはっきりと言えることがある。キミの本当の父親は、キミのことを愛していた。事情があるのだ。
そして、私もキミの本当の父親だと思っている。
キミは二人の父に愛されていた。そしてまだ見ぬ母もきっと君の事を愛していた。
愛しい娘よ、キミの未来にラーサスの加護が照らされ続けていることを願っている。
ザック】
父親の名前を告げることができない。もし、スプリングスが父親であるのならば、素直にスプリングスからの依頼とは書かないだろう、そこに違和感が生じる。恐らくヴァディムやザックに影響を持つ者、例えば侯爵家の関係者といったところだろう。前当主と親身だったことを考えるとそこも関係あると考えてよい。
助力を得られレば権力でのサポートが期待できた。だがこの記述を信じるならば、頼ることは難しいだろうと思われる。それに、誰が本当の父親か調べる余裕もないだろう。結局、この手紙にも事態を打開する種はあっても、特効薬は存在しなかった。
「……ベアータ」
手紙を読み終え、ベアータを見ると彼女は泣いていた。だが、泣いている余裕はないとばかりに、目を見開いて強い意志を込めて圭を見ていた。
「すまないが、ヴァディムをすぐさま追い詰めるのは不可能だ。
一時的にだが、キミは王都から逃げ……」
「ケイさん」
圭がベアータに王都からの脱出を示唆すると、途中で言葉を遮った。涙をぬぐわないまま、充血した瞳で圭を見つめる。
「私に、復讐代行屋を紹介してください」
強い意志を込めて、そう言った。




