第四話「迫るモヒーナ」
圭達がザック副団長の屋敷を捜索している間、アニェーゼは街をぶらついていた。圭から万が一のことを考えて、ベアータを王都の外へと逃がす方法を探すように指示されていたが、手立てがなかったため、気晴らしがてらに散歩をしていた。
チートとも言える無限の持続時間を持つ『隠密』をつかえる圭だが、そんな彼でも王都から人を逃がすのは容易な事ではなかった。王都は外周をぐるりと城壁で囲われており、8ヶ所にある城門でしか出入りできない。それらの城門には『抗魔力』の魔方陣が描かれており、城門付近では急激に魔法の効果が低下する。見咎められずに城壁外へと脱出するのは不可能だろう。
素直に城門から出る方法もあるが、犯罪者を外に出さないようにチェック機能が存在している。騎士団からベアータの手配書が回っているだろう。手配者を回さない程度の存在だと、ベアータを考えているなら、今の追跡はないはずだった。
いずれにせよ、正規の方法でベアータを逃がすことができない以上は、なんらかの特殊な方法で逃がす必要があった。
アニェーゼが直近で行った復讐代行の仕事では、白絹屋という機織り屋の娘が、カイルという女衒に偽りの駆け落ちを提案されて、南西部にある抜け道を利用しようと言われていた。当時──今もだが、南西部の端に抜け道があるという噂を利用したものだが、アニェーゼのような裏社会に生きる人間にとってこの噂は失笑物だった。
火の無いところに煙は立たないとはいったものだが、こと抜け道に関する噂は須らく嘘に過ぎない。なぜならば、そういった噂は本命を隠すためのカモフラージュであるためだ。
もし、抜け道が存在するならその情報だけで莫大な金を生むことができるし、理由があって場内から出れない人物をこっそりとを外へと逃がす専門の逃がし屋にとっては、ジョーカーに相当する切り札にもなる。本物の抜け道の情報が一般に流れることはないし、情報をそのまま売ることもしないだろう。
(やっぱり、専門の逃がし屋に頼む方がいいか……)
気は進まないが、アニェーゼは専門の逃がし屋に頼むしかないと考えていた。この結論は先ほどから出ていたが、本当にそれでよいのかと決心がつかなかったのだ。大きな組織の人間が逃がし屋に頼むならさておき、アニェーゼのような個人が頼んだ場合は、素直に仕事を受けるか裏切るかでどちらの方が儲かるかを天秤にかけられる可能性が高い。今回のようなケースだと裏切られる可能性は十分にあった。
「おい、兄ちゃん」
考えをまとめるために、歩き回っていたアニェーゼに男の声がかけられた。彼女が振り向くと、そこにはヴァディムの片腕たるモヒーナがいた。中立派の騎士から情報を聞き出し、アニェーゼの事を探しに来たのだった。
男装の麗人であるアニェーゼは、その美貌から目立っており、探すのは簡単だった。最初は友好的な態度で接するつもりだったモヒーナは、にやついた笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「俺は黒色槍騎兵団のモヒーナっていうんだけどよぉ。
あんた、迷路横丁で細工屋をやってる店主だろ?」
「人違いだな」
にやにやと自分が格上であると信じ切っているモヒーナの顔に、不快感を感じたアニェーゼは、間髪入れずに否定し踵返した。だが、モヒーナはすぐさま腕をつかんで、彼女の動きを止めた。
「調べはついてんだよ。あんまり手間をかけさせんな。
心配すんなよ、取って食うってわけじゃねぇ」
「そういう態度をとるんだったら、最初から誰何なんてするもんじゃないぞ?
意味がないみたいだからな。で、僕がその何某だったらどうだっていうんだ?」
凄んでくるモヒーナのほうを向くと、アニェーゼはつかまれた腕の手をひらいた。筋肉の動きで掴まれた二の腕が膨張し、ひねりを加えながら上に持ち上げることであっさりと拘束を解いた。
動揺を見せないように強気に対応するが、アニェーゼの心中は揺れ動いていた。黒色騎士団の騎士、すなわちベアータの追手が自分に声をかけてきたという事実に衝撃を受けていた。
たしかに、ベアータが逃げた日に騎士が店を訪ねてきたが、それだけで自分に声をかけてきたとは思えなかったからだ。いったいどこまで掴んでいるのか、実際にはなんら確証がないのだが、アニェーゼはそれを確認しないとならないと思った。
(こいつ……ただもんじゃねえな)
一方で、モヒーナはアニェーゼに対する警戒を強めていた。本気だったわけではないが、ある程度は力を込めてつかんだ腕を振り払われたからだ。ただの細工師の店主ができる事ではなかった。もっとも、迷路横丁という伏魔殿に住むような男なのだから、その程度のことはできるのかもしれないとも思っていた。いずれにせよ、警戒に値する人間だとモヒーナは判断した。
「女を探しているんだ。長い髪を後頭部にまとめた女だ。
髪の色はくすんだ灰色に近い色だ」
「ふぅーん……知らないな」
今は短い髪型になっているが、最初あったベアータはそういう髪型だった。モヒーナがベアータの追手だと確証を得たアニェーゼは、考えるそぶりを見せながらも惚けることにした。
「些細な事でも構わないんだ」
「知らない物は知らないね」
「そうか、じゃあ迷路横丁に詳しい奴を紹介してくれ」
アニェーゼが惚けると、モヒーナはあっさりと話題を変えて見せた。モヒーナにとってアニェーゼは迷路横丁から外に出ている細工屋の店主であり、まさか大本命だとは思っていないからだ。情報を聞き出すだけ聞き出したら後は用済み、その程度の存在だった。
「はい? なんで僕がそんなことをしなければならないんだ?
だいたい、ただでさえも呼び止められて僕は迷惑してるんだよ?」
「あァ?」
賄賂の1つでも寄越せば、話に付き合ってやろうと思っていたアニェーゼは、モヒーナの態度に苛立ちを覚え、嫌味をこぼした。そもそも、この粗野な男が騎士だという事がアニェーゼを不快にさせていた。
だが、その態度はモヒーナの癪に障った。所詮、アニェーゼは情報を聞き出す程度の相手、逃してしまったら面倒ではあるが、別にコイツにこだわる必要はない。迷路横丁に住んでいるようなアウトローが、まっとうな人間がいる場所に出てきているのを見逃してやる。それが騎士である自分を敬わないどころか、挑発的な態度を取る。モヒーナの思いはそのようなものだった。
また、アニェーゼの容姿が優れていたのも悪影響となった。異性ならともかく、同性の美形に悪意を抱くものはいる。モヒーナはそう言った手合いで、かつ実際は女性であるアニェーゼは、一般の男性であるという視線で見るとひ弱そうに見えたのだった。ちょっと脅しをかければいう事を聞くだろうと思ったモヒーナは、普通なら渡す袖の下をケチることにしていた。
「おい、粋がるんじゃねえぞガキ。
てめえみたいごろつきを見逃してやってんだ。
騎士団に引っ立ててもいいんだぜ?」
「気に入らなければすぐに力で訴える……まるで子供だね。
幼児と同等の存在が騎士だなんて笑わせる。
黒色槍騎兵団ってのも大したことないな」
「なんだと手前……」
モヒーナの凄みをアニェーゼはせせら笑った。険悪そうな空気が流れ、通行人もそれに気づき始め遠巻きに2人を見ている。
アニェーゼはかなり苛立ち始めていた。尊敬する今は亡き父と比較して、この騎士を自称する人間は何と下劣なのだろうか。そう思ってしまうと、演技でもこの男にへりくだることを許せなかった。自分と同じような境遇に陥っているベアータを見れば見るほど、自分と重ねてしまい、気づかない内に冷静さを失っていた。
一方でモヒーナも激昂しそうになっていた。手が背中の短槍にまわらない程度には冷静なようだが、額には血管が浮かび浮かび上がっていて、その怒りが伺える。多少は頭が回るとはいえ元来は荒くれ者なためいつでも拳が出る状態になっていた。
もはやお互いに引けない状況になり、アニェーゼが懐に手を伸ばし、それに反応したモヒーナも短槍に手をかけようとした。
「お前ら何をしている!」
横から行動を制する声がかかる。声に反応した二人は伸ばしかけていた手を止めて、そちらを向いた。もし、少しでも遅かったらこの場で戦いになっていただろう。
声をかけたのは緑髪の白の神官──ルーファスだった。スプリングス騎士団長の殺害事件の調査から外された彼は、ラーフィリス達の様子を見るためこの地域の見回りをしていた。その甲斐があって、タイミングよく制止することができた。
「いったい何の騒ぎだ?」
「なんでもねぇよ、白の神官さん。
ただ、ちょっと行き違いがあっただけだぜ。
また訪ねるよ、細工屋の兄ちゃん」
「はぁ? 二度と声かけるんじゃない」
ラーサス神の神官に追及されると都合が悪いと見たか、モヒーナは身を引いた。だが、辱められたと感じたモヒーナは、必ずアニェーゼに復讐してやろうと決意した。
去り際のモヒーナの様子から、目をつけられたと察知したアニェーゼは不快そうに顔をゆがめた。
「ふん、二度と来るんじゃない」
不快そうに鼻を鳴らすアニェーゼに、ルーファスは顔を近づけて、周りに聞かれないようにぼそぼそと話しかける。
「おい、アニ。お前ヘマしたんじゃないだろうな」
「そんなわけないだろ。たまたまさ、たまたま」
「たまたまだろうが、お前の対応が悪くて目をつけられたじゃないかよ。
俺らは痛くもない腹でもないんだぞ」
言いたいことを言うと、ルーファスは顔を話して声を大きくした。
「お前も騒ぎを起こすなよ」
周りに聞こえるようにそういうと、巡回をするふりをしながらモヒーナの跡を追跡した。
「言われなくてもわかってるよ……」
頭に血が上り、まずい対応をしたと理解していたアニェーゼは、悔し気につぶやいた。




