第二話「圭、騎士の娘の家へ忍び込む」
ベアータが自宅から離れていた時間は、わずか二日程度だったが、久々に見る家は始めて来る場所のように感じられた。
黒色槍騎兵団は侯爵家が保有する王都駐屯部隊である。よって、その副団長ともなると、自宅にはそれなりの格式が要求された。まさに、ザック、そしてベアータの住む屋敷は、質素ながらも荘厳な様相を呈しており、庭、建物共に小振りではあるが、副団長が住むのにふさわしいものだった。
玄関には見張りの騎士が立っていた。事件が一通り完結するまで、警備をつけることになっていた。証拠のねつ造などを避けるために、見張り及び内部の調査をしている騎士は、ザック派とヴァディム派を同数配置することにしていた。そのため、門番もそれぞれの陣営から1人ずつ配備されており、険悪そうな様子を示していた。
あまりに関係が険悪なためか、外からくる相手よりも、相手の門番を警戒しているさまだった。
(三流だな)
『隠密』で姿を隠しながら、圭は門番たちをそう評した。圭のもう一つのアジトであるアレキサンドリア図書館で、ディムロスの護衛と<碧い牙>は互いの警戒をしつつも、しっかりと訪問者の警戒もしていた。それに比べれば、内輪もめに全力を傾注してしまうような彼らは、三流と言わざるを得ないだろう。
「正面以外の入り口はあるか?」
「一応、裏口がありますけど……誰も警備していないとは思えません」
「だよな……そうなると窓を開ける必要があるな」
ぼそぼそと耳元でささやくようにしゃべる圭に、くすぐったさを覚えながらベアータは返事をした。2人は離れたところにはいるが、物陰に隠れるようにはしてはいない。もし『隠密』の効果が無かったら、堂々と姿を現しているといって良いありさまだった。
(この人は一体、何者なのだろうか)
異常と言っても差し支えない持続力を発揮する『隠密』に、ベアータは驚愕していた。聞けば、モグリの冒険者と料理人をやっている、ただのならず者だという。しかし、とてもじゃないがならず者とするには、あり得ないくらいに能力を保有していた。また、パン屋の老夫婦も圭を敬っており、ただのならず者ではないことは明白だった。
だがしかし、圭の正体を疑う余りに、彼を信じないという選択肢はなかった。頼る相手がいない以上は、彼を信じる他にベアータの未来はないのだ。
「隠し通路があります。そこなら何とか入れるかもしれないです」
「王都の家になんでそんなもんが……まあいいか。
隠し通路の先に人がいないといいな。見つかれば大立ち回りだ。腰の物は飾りじゃないってことでいいよな?」
「もちろんです。覚悟をはしています」
「上出来だ」
ばれたら仲間の騎士だろうが切り殺す必要がある。暗にそれを示した圭に対して、強い意志を持って、携えた剣の柄をベアータは握った。圭はベアータの肩を軽くたたいて、褒めた。そして、指を正面に伸ばして先導するように指示を出した。ベアータは一度頷いてから、ゆっくりと歩みを始めた。
「いいか、『隠密』は確実じゃない。
警戒心の強い奴や、魔力探知に優れたやつが一度疑えば気づかれる。
それ以外にも、足音や物音は消えないからそこから警戒されても気づかれる」
「はい」
「物音を立てずに、静かに、落ち着いて素早く動くんだ」
静かに、素早く門をくぐり、屋敷の敷地内に2人は入る。玄関で警戒している門番と、2人の間を遮るものは何もない。しかし、門番たちは気づいていないようだった。
こちらからは容易に姿が見えるのに、相手は気づいていないという異常な状態が、ベアータを緊張させていく。どくどくと心臓が素早く鼓動するのがはっきりと感じられた。
庭を通り、裏へと回る途中の物置でベアータは立ち止まった。周囲を警戒してから、ベアータが鍵を使って物置を開けると、その先はぽっかりと空間が広がっていた。隠し通路は絶って通るには高さが低すぎで、かがんで歩く必要があった。
「古典的だな。急ぐぞ」
「はい」
ベアータを先行させて物置に入ると、圭は首だけ外に出し、誰にも見られていないことを確認してから扉を閉めた。
隠し通路は圭達のアジトのように光石を備え付けているような上等なものではないが、うまく木の隙間から光が漏れるように作られており、わずかな光がぼんやりと通路を照らしていた。
そんなに長くない通路で、すぐ先は壁になっており一見すると行き止まりに見えた。
「木が視界を遮るから入り口は敷地外からは見えないのか、良くできているな」
「こんな王都に隠し通路なんていらないけど、備えあれば患いなしと言っていました。
きっと、趣味だったんだと思います」
茶目っ気あふれる表情でおどける養父を思い出し、ベアータはわずかに目頭を熱くした。そして、目をこすると決意を新たに隠し通路の出口を見た。一見すると行き止まりだが、実のところは仕掛け扉になっている。
「出口は台所になっています
ここの板を強めに押すと、閂が外れる仕掛けです。
閂が外れたら左にずらして開けます」
「わかった。俺が先に出る」
仕掛け扉の外し方を聞き終えると、圭は壁の前に立った。力を籠めると、板が奥にへこみわずかに沈んだのが見えた。そのまま左にずらすと、台所が見えた。
圭は左右を警戒しながら外に出ると、油断なくあたりを見回した。幸い誰も見ていなかったようだ。
「ベアータ、大丈夫だ。
出たら扉を閉めてくれ」
「わかりました」
圭が警戒し、ベアータが隠し扉を閉じていると、歩いている音が聞こえた。ぎくりと体をこわばらせる2人に、足音はどんどんと近づいてくる。
(物音に気付いてきたなら、『隠密』が利かない可能性が高い……!)
背後にベアータを隠すと、左腰に備えていたナイフを左手で握りは先を上に向ける構えを取った。ベアータも腰の剣に手を伸ばし、いつでも振りぬけるように準備をする。
そして、通路の奥から1人の騎士が顔を出した。その騎士は顔を圭達の方に向けている。
「──っ!」
剣を抜こうとベアータが力を籠めるが、圭は右手を後ろに伸ばして制した。圭達に気づいていたのならば、視線が微妙に合致していななかった。その事実に気づいたため圭は気づかれていないことに賭けた。
ゆっくりと騎士が近づき、剣を引き抜いた。
「──け!」
声をあげようとするベアータの口を、圭は塞いだ。
右手に握られた剣は構えられることなく、だらりと下げられている。
騎士は体を曲げてテーブルのほうを向くと、テーブルに置かれている硬いライ麦パンを、剣を用いて切り分け始めた。
何枚かにスライスし終えると、パンの塊をもって、キッチンから出て行った。
「ふぅっ………」
「すみませんでした、圭さん。
心臓が止めるかと思ったぁ……」
さすがの圭も、気づかれているのではないかと思っていたため、緊張感による疲弊は大きいものだった。復讐代行屋でもあり、裏社会に生きて修羅場を潜った圭ですらそうなのだから、従士のベアータにはそれ以上の負担がかかっていた。額からは脂汗がにじみ、大きく息を荒げていた。
圭は抜いたナイフを腰に備え付けたベルトへしまった。
「どうして気づいていないってわかったんですか?」
「まず殺意を感じなかった事。剣先がこちらに向いていなかった事もある」
「さすがです」
殺意だの、剣先だの、あの状態で信じられない洞察力で判断を圭はしていた。とんでもない人物の力を借りることができたのだとベアータは自分の幸運に感謝した。
言ったことに嘘はなかったが、実際のところは最終的な判断は勘にゆだねられていた。圭は二人の幸運に感謝した。
「精神的に疲弊したが、隠し棚を調べるまでは気が抜けないぞ。
また先導してくれ」
「わかりました」
ここでの用事を済ませるまでは見つかるわけにもいかないし、休むこともできない。言われるまでもなくわかっていたベアータは気合を入れなおし、廊下へと歩みを進めた。




