第一話「騎士の娘と圭、家を目指す」
雨が止み、日が昇る前に圭はラーフィリスの家を目指して出かけていた。魔獣の革で作られた茶色いジャケットを羽織り、2メートルを超える杖を持った。これは戦闘の可能性も考えた時の圭の標準装備だ。茶色いジャケットの内側には術符入れが備え付けられており、魔法の才能がないかわりに、無限の魔力を持つ圭の特性を最大限に活かせるようになっている。
ラーフィリスが家を借りているパン屋につく頃には日が昇っており、人通りもまばらだが見られるようになってきた。圭は目立たないように、素早くパン屋へ入った。
パン屋の1階では、老夫婦が仕込みの準備を進めていた。小麦粉をこねている老爺が圭の存在に気づくと、慌てて妻に声をかけてから彼の方に近づこうとした。しかし、圭は微笑みかけてから掌を向けて行動を制した。
「お久しぶりです。ララを預かっていただいておきながら、なかなか挨拶に伺えずにすみません。ララのやつは迷惑をかけていませんか?」
「とんでもないです。少しでもお役に立てれば喜ばしい限りです。
ラーフィリスさんも、たまに仕事を手伝っていただけて恐縮の限りです」
老爺は笑みを浮かべながらも、圭に対して敬った態度を取った。遅れて老爺の隣に老婆が立ち、深々と圭にお辞儀をする。
「ケイさん、お久しぶりです」
「お久しぶりです。では、俺はララに用事があるので」
目上の話を遮って去るのは失礼にあたるが、立ちどまると圭にかまって、老夫婦が準備を進められないと知っていた。そのため、圭は強引に話を切り上げた。圭の気遣いだと気づいた老夫婦も、簡単に挨拶をすると、仕込み作業へと戻っていった。
3階にあるラーフィリスの部屋の前にたどり着くと、中から声が漏れていた。だいぶ興奮しているようで、気づかないうちに声が大きくなっているようだ。もし、部屋の前に来ているのが自分じゃなくて追手だったどうするのだと、圭は呆れた。
圭がノックをすると、途端に中の声が静かになった。
「俺だ、ララ」
「あ、ケイさん?
今開けるね」
鍵が開けられる音を確認してから、圭は中へと入った。ラーフィリスは部屋の手前で立っており、奥のテーブルの周りに残りの二人はいた。アニェーゼは座って右手にトランプを持ったまま、左手をあげて挨拶をしている。ベアータはそのその場で立っており、深々とお辞儀をした。
圭は挨拶を返してから、テーブルの上を見ると、真ん中に散乱したトランプと、端に二組のデッキがあった。どうやらトランプ遊びをしている途中だったようだ。
「はしゃぐのはいいけど、外の警戒はしろよ」
「わかってるさ、ケイじゃなかったらひどい目にあってたと思うよ?」
圭の嫌味に、アニェーゼは手に持っている物のお手玉で返答した。それは雑貨屋で購入した、魔法石の鏃だ。その鏃は魔法との高い親和性から、【心臓破り】の異名を持つゆえんたる必殺技を繰り出すのに使う。即座に取り出せるところに鏃を忍ばせているという事は、即座に殺せる、そしてその覚悟を持っているという事だ。心配することはなさそうだなと、圭はつぶやいた。
ベアータにはその鏃の意味が見いだせなかったため、通じ合っている二人の理由は分からなかったが、アレスと圭という今最もホットなカップリングが通じ合っているのを見て満足した。
「どうせすぐ終わるだろ。決着をつけてからでいい」
大貧民が終わる時間程度は待てる、圭はずかずかと中へと入ると、食器置き場からコップを回収してエールの樽へと向かった。圭は一度決めた事を滅多に翻さないため、大貧民をやり終えるまで待つといったら、必ず待つだろう。それがわかっていたラーフィリスとアニェーゼは、戸惑うベアータを説得してゲームを再開した。
「4の2枚だしです」
「7の2枚」
「10の2枚だよ」
3人の美少女─たち─といっても1人は男装の麗人だが──が楽し気にゲームに興じる姿は微笑ましい。圭は自然と笑みをこぼしながら、常備されているエールを飲んだ。
「まっずいな、これ」
奇しくもアニェーゼと同じ感想を抱き、口から苦情がこぼれてしまった。それを聞いてベアータがくすりと笑った。ベアータの笑みの理由が、圭の反応が自分と一緒だったためと気づいたアニェーゼは不貞腐れた様子でカードを強く放った。一方で、備え付けにエールをまずいと言われたラーフィリスは、圭を睨みつけた。圭はそっぽを向いて誤魔化した。
勝負はベアータの勝ちだった。
「あー、負けた」
「ありがとうございました」
「先に6を出しておけばよかったなあ」
アニェーゼは不貞腐れた様子だが、何かを思いついたのか、ごそごそとポケットをまさぐった。アニェーゼがポケットから手を出すと、そこにはベアータの気晴らしに使用した発光石が握られていた。
「じゃあ、ベアータ。僕からのトップ賞だよ」
「ぇえ? そんなの貰えませんよ」
「いいから、いいから」
発光石をベアータに押し付けるアニェーゼを見て、助け船を出すつもりで圭は手を叩いた。2人は言い争いをやめ、ラーフィリスも圭を見た。
「じゃあ、遊びは終わりだ。
これから切り札《ジョーカー》を探しに行くぞ」
強引に話を本題に持って行った。その結果、プレゼントをアニェーゼはベアータに強引に押し付けることに成功した。不満そうな顔をしたが、最終的にありがとうございますと言って、ベアータは石を懐にしまった。
「切り札《ジョーカー》と言いますと?」
「もちろん、ザック副団長の家にあるとされるヴァディムを調べるような指示書だ。
隠し棚とやらに、それがあることを期待する」
「わかりましたが……どうやって屋敷に入るのですか?」
「こうする。『光あるところに夜が生まれる。夜が身を隠してくれる。隠密』」
圭はジャケットの中に隠してある術符に触れながら、魔力を通して呪文を唱える。魔法は正確に発動して、圭の姿が見えなくなった。
「すごい、圭さんはエルドラード様の強い加護をお持ち何ですね」
「さてね……」
『隠密』はラーサス神殿か、エルドラード神殿で教わることができる魔法で、習得にはかなりの修業が必要とされていた。そのため、ベアータは圭の黒髪を見てエルドラード信徒であり、強い加護を持っているのではと推測した。しかし、現実の圭は術符を使用して力を再現しているためだった。わざわざ真実を教える必要はないし、どこから情報が漏れるかわからないので圭は誤魔化した。
「でも、『隠密』は10分程度しか使えないと聞いたのですが……」
「大丈夫だ。それ以上の時間を使用できる」
「……本当に、強い加護なんですね」
事実は無限時間使用できるが、話してもろくなことがないので正確な時間は言わなかった。ラーフィリスや、アニェーゼは圭の異常な体質に気づいてはいるが、気をつかっているのか触れたくないのか、口にすることはない。
「頼んだぞ、圭」
「誰に言ってるんだよ」
代わりにアニェーゼは激励をかけた。それに対して、圭は不敵に笑った。
出かける準備をし、不発だった時の用心として王都を脱出する方法を考えるようにラーフィリスとアニェーゼに指示をすると、圭はベアータ事『隠密』の術符を使用した。
*****
「すごい……、まるで透明になったみたい」
「まるで、じゃなくて事実そうだがな。
あまり大きな声出すなよ」
『隠密』を使用した状態での外出はベアータにとって初めての経験だった。道行く人から視線を浴びないのは特異的ではないが、時折目線を向けてくる人が、自分たちのさらに背後に視線を投げているところが、初めての感覚であった。
あまり大きな声を出されると、不審に思った人物には魔法が暴かれてしまうため、圭は口止めをした。
「──っ!」
「どうした?」
しばらく歩くと、突然ベアータが体をこわばらせた。不思議に思って、圭はベアータの視線の先を見ると、そこには粗野な男がいた。短槍を背に、まるでモヒカンのような髪型をしている。すなわち、モヒーナが歩いていた。
「やめろ」
使用人の仇を目の前にして、ベアータの頭に血が上った。彼女は右手で腰に携えている剣を抜こうとしたが、柄を握ったところで圭に押さえつけられた。また、残った手で口をふさがれる。まるで人さらいに会う寸前だが、目は圭ではなくモヒーナを強く睨みつけていた。
怒りのあまりか、真っ赤に充血した瞳から涙が一滴、口を押えている圭の手に落ちた。
そのままモヒーナが去るまでじっと動かずにいた。時間にしては2分もかからなかっただろうが、ずいぶんと2人には長く感じられた。モヒーナが去ったのを確認し、ベアータの体から力が抜けるのを確認してから、圭は手を離した。
「ヴァディムの騎士か?」
「はい。奴の片腕です」
きっ、とモヒーナが去った方を睨みつけるベアータを見ながらも、圭は漠然とした不安にさいなまれていた。なぜ、あの男はここに来たのだろうか。
不安に襲われた圭は、ベアータを促しザックの家へと急いだ。
17/5/29 誤字修正




