第十話「モヒーナとヴァディム」
夜も更け、月を覆い隠す雲が現れた。この日は晴れ間が見えたり、雨が降ったりする安定しない天気で、高い湿度が不快な蒸し暑さを生んでいた。昼夜問わず降る雨を口さがない者は、エルドラード神とラーサス神がお盛んで、その液が飛び散っているのだというものもいる。そして、どうしようもない者はありがたがって口を空に向けて開ける始末である。
そんな夜のこと、ヴァディム派の騎士たちが、西南地区にある騎士団からやや離れたところ居城に何人か出入りをしていた。ヴァディムの片腕ともいえる騎士、モヒーナもその一人である。
モヒーナは赤い外套を羽織っており、それで雨を防いでいた。外套には深紅で描かれた流線型が刻まれており、彼が戦いの神であるカシュー信徒であることを示していた。
外套を脱いで玄関で待機していた騎士に預けると、短槍を帯びたまま建物の中に入っていった。短く揃えた髪が逆立って、まるでモヒカンのように見える。
「ヴァディム副団長、入りますよ」
「どうぞ」
目的の部屋につくと、モヒーナはノックをしてヴァディム副隊長に声をかけた。そして、返事を聞かずに中へと入っていった。モヒーナはせっかちだ、拒否されることを考慮していないため、挨拶も「入っていいか」ではなく、「入る」というものになっている。
「いつも言ってるが、返事を聞いてから入りたまえ」
「へいへい」
注意をされても、モヒーナは生返事を返すだけだった。前々から態度が悪いモヒーナだが、今日は悪化している。それはヴァディムの弱みを握ったためである。彼は王都と侯爵領間の橋が崩落した真実、すなわちヴァディムが輸送中のノーヘルノーベルを爆破させてしまったことを知っていた。スプリングスとザックの殺害にも関与しており、共犯者という立場になったが、一度弱みを握られてしまったため、パワーバランスが若干崩れているのだ。
(よくない傾向だな)
今回の事件が完全に闇に葬られれば自然と力関係も元に戻るだろうが、それまでにモヒーナが騎士団内の権力を握ってしまうと厄介になる。
(消すか……いや、それにはこいつの実力が惜しい)
騎士団内での勢力を高めるために、ヴァディムは多くの人間を抜擢していった。もともと荒事を好んでいた連中が多く、そういった人間は力で解決してきたため、頭が弱い人間が多い。その中でモヒーナは、戦闘力もさることながら知恵も回るタイプだった。片腕に抜擢したのもそのためだったが、ここに来て元来持っていた野心が肥大化してきたのはいただけない。このままその野心を伸ばしていくのなら、いつかはどうにかしなければいけない相手だった。
「実は朗報があるんすよ」
「朗報というと?」
そんな気持ちを知らずか、モヒーナは得意げに自分の成果を報告した。いわく、騎士団の中立派に顔が利く人間を仲間に引き入れられるように声をかけたというのだ。
表向きはほとんど感情を示さなかったが、ヴァディムは心の中でうなり声を上げた。中立派はできる限り早く仲間に入れなければならないと思っており、まさにその人物はキーパーソンであるとヴァディム自身も思っていたからである。
政治的なセンスがあるとは思えないが、お山の大将になるということに関しては野性的な嗅覚をモヒーナは持っていた。処分するにはもったいない才能であり、それと同時に危険性もますます高くなった。
「つーわけで、中立派のあいつを仲間に引き入れようと思いますよ」
「ああ、それで構わん。よくやってくれた」
とはいえ有用な行動であったことは確かなため、ヴァディムは過剰になり過ぎない程度に、モヒーナをねぎらった。モヒーナは満足そうに笑うと、表情を引き締めて声を小さくした。
「ザックの娘は、迷路横丁で消えた。
奴隷商にでもつかまって売られてるんならいいんすが」
「最悪を想定して動くことにしようじゃないか。
ザックの娘は協力者を得たと考えよう」
ザックの娘であるベアータが見つかっていないのが気がかりだった。西南地区の暗部である迷路横丁に逃げ込んだと聞いたときは、一か八かの賭けに出たのだなと思ったが、ここまでその後の情報が出ないと不気味だった。
騎士の娘であり、従者でもあるベアータに暗部のコネクションがあるとは考えにくいが、ここまで来て足をすくわれるわけにもいかない。ザックがスプリングスから、密命を受けていたのは確かで、ヴァディムの足取りまでつかんでいたことがわかっている。万が一、スプリングスからザックに対して、ヴァディムを捕縛する指示書が出ていたのであれば、それが表に出たら身の破滅だ。
西南地区にあるラーサス神殿は、雇い主であるオーレンドルフ侯爵を通じてくぎを刺しているが、オーレンドルフもヴァディムの味方というわけではなかった。ヴァディムの旗色が悪くなったら、すぐさま首を切るだろう。逆に言ってしまえば、誤魔化しきってしまえば彼の勝利となる。
「実は中立派のやつが、迷路横丁で見た細工屋の店長を、西南地区の良地で見たって言ったんですが。
そいつ、侯爵領からくる魔法石を売ってる店に行ってたそうです」
「……なに?」
それは聞き捨てにならない情報だった。侯爵領からくる資材が滞っていると知ることができる情報源に、迷路横丁の住人が寄らなそうなところにいたという事実。ヴァディムが凶行に走ることを予見し、ザックが事前に用意していたという可能性もあるのではないだろうか。それならば、ベアータが迷路横丁に悩まず向かったのも理解できる。
そんな事実は一切ないのだが、疑心暗鬼に陥ったヴァディムはそんな妄想をした。
「妙に符丁するな……。とはいえ、さすがにつながっているとは考えにくい。
今は何も手掛かりがないのだろう? 迷路横丁で騒ぎを起こすくらいなら、そいつから情報をたどるほうが楽だろう」
「へい」
とはいえ、妄想はあくまで妄想だ。考えすぎかとヴァディムは苦笑しながらも、手を出すとやけどする迷路横丁の住民が外に出ているということはメリットでもあった。直接迷路横丁で聞き込みをするよりも、その店長とやらを脅すなり、懐柔するなりできればとっかかりになる。
「ザックの娘はお前に任せるぞ」
「へへ、もちろん好きにしてもいいんですよね」
「ああ、嬲るなり殺すなり好きにしろ……いや、必ず殺せ。この私の手を煩わせたくせに、のうのうと生きているだなんて許せないからな」
ヴァディムの返答を聞いて満足したのか、モヒーナは下卑た笑みを浮かべた。前々から、モヒーナは容姿に優れ、そそる体つきをしたベアータに興味があったのだ。彼の頭の中でベアータは衣類を剥かれ、無残にも凌辱されていた。
モヒーナの妄想が手に取るように分かったヴァディムは、不快そうに眉をひそめた。口では好きにしろと言ったが、そういった行為をするのは三流だと思っていた。
「ザックも、スプリングスもそうだ。
この私の手を煩わせたのだから死んで当然なのだ」
だがしかし、死んでしまえという気持ちは間違いなくあった。この世はすべからく、自分を中心に回ればよい。ラーサス神たる太陽も、ほかの神々を象徴する五つの衛星も、自分を中心に動けばよいのだと、傲慢にも思っていた。
「侯爵への釈明もしておいた。ザック派のクロード君に改めて手紙を届けさせた。
これは、ザック派とも仲良くやるという侯爵に対する表明でもあり、ザック派を分断させる策でもある」
白の神官であるルーファスと、ザック派の騎士だったクロードの話を遮ったのは、もちろん余計なことを言わせない為でもあり、手紙も意味があるものだった。ザック派の筆頭ともいえるクロードを、侯爵への使者とすることで騎士団を分断させる気はないという意思表示になる。それと同時に、クロードを自分が使うことによって、ヴァディムが彼とつながっているのではとザック派内に思わせることができる。ことによってはザック派内の内乱を引き起こすことができる。
「もし、クロードのやつが手紙を届けなかったらどうするんですかい?」
「その時は、奴は先見の目が無いということだ。
活かす価値もない」
クロードが命を反すれば、副騎士団長の指示に従わなかったということだ。そのうえ、侯爵への手紙という重要なものを届けなかったことになる。それはそれで、ザック派をつぶす口実になる。どうであろうと、ヴァディムの利益になる策だった。
「この世は総じて二つでよい。
私の役に立つか、立たないかだ」
ヴァディムは薄っすらと口を開き嘲笑した。
しばらく不規則な更新になります。
できるだけ隔日は守りますのでよろしくお願いします。
なお第二部の折り返しとなります。
最後までお付き合いいただけるよう頑張ります。




