第九話「アジト対談その2、ルーファスの悩み」
月が空に昇るころ、迷路横丁の奥にあるアジトに再び男女が集まっていた。昨晩と異なるのは、アニェーゼの代わりにラーフィリスがいる事だろう。
まず本日の情報収集の成果を発表したのはルーファスだった。昨晩は調査をしっかり進めるといったものの、レーゲンに釘を刺されてしまい、正面からの調査は難しくなったと説明せざるを得なかった。
「というわけで、正直ラーサス神殿からの調査は期待できない」
「本当に、こういうケースでは役に立たないね」
賄賂で口を紡がされた白絹屋の事件を思い出し、ラーフィリスが辛らつな事を言った。目に見えてルーファスが言葉に詰まる。最も、だからこそ闇で恨みを晴らす復讐代行があり、圭達のような人間がいるのだ。
「まあ……そう言うな、ララ。
ルルが悪いわけじゃない」
圭は日本にいたころは汚職や、警察同士のかばい合い、えん罪といったニュースをよく見ていた。また、そういった腐った司法に関する物語を幾らでも知っていたため、世の中そういうものだと悟っていた。人間が扱う以上、完璧な物なんて存在しない。一方で、この国では司法と宗教機関がかかわっているため、清廉であることが当たり前と捉えている傾向がある。そのためこの世界の人間の方が、異世界人の圭よりも警察組織に対する失望が強かった。
「というか……ルルから神殿の内情を聞くたびに、ラーサス神殿って本当に頼りにならないんだなぁって思ってね」
「そんなことはないぞ!
コソ泥を捕まえたり、喧嘩の仲裁をしたり、離婚調停をしたり……」
「小物だね」
「小物っていうなよ!」
仕事ぶりをアピールするも、だんだんとルーファスの声は尻すぼみなっていく。それでもラーフィリスは容赦なく、ルーファスを罵倒した。彼のあんまりな扱いに、圭は哀れに思ってフォローすることにした。
「まあララ、そこらへんにしておけ。
その、なんだ……ルーファスだって頑張ってるんだし……
その、かわいそうだろ?」
しかしフォローしようにも、ルーファスの普段の仕事がよくわからない以上、的確なフォローができなかった。圭は知らないことだが、ラーサス神の加護を示す体色の薄さが見られないルーファスは、残念ながら神殿の中で侮られていた。また彼自身の妙に運が悪く、手柄を多く挙げられているとは言い難い。
うまくフォロー出来なかった圭をルーファスが冷たい目で見る。追い込むくらいなら何も言わないでほしいというルーファスの目を避けて、圭は誤魔化すように咳払いをした。
ルーファスの話が終わり、今度はラーフィリスからアニェーゼからの情報を聞いた。横領されたとされるノーヘルノーベルと、落ちた橋との関連性に関して、圭はしばらく目をつぶって情報を吟味してまとめた。
「整理するぞ。
まず、一番重要なのはノーヘルノーベルの横領の件だ。
アニの勘が正しいと仮定すると、鉱山開発のためのノーヘルノーベル輸送の任務を受けたヴァディムは、何らかの原因で橋で爆発させてしまう。
ただでさえも次期団長候補として、ザックに後れをとっているヴァディムにとってこのミスは致命的だった。
ヴァディムは隠ぺい工作を行い、ノーヘルノーベルの輸送は無事行えた。橋が落ちたのは別件という風にした。
だが、その工作をスプリングス騎士団長が疑った。
その調査をザックに依頼したかどうかというのは情報がないから分からないが、極秘任務とやらがそれだったと仮定しよう。
焦ったヴァディムは、騎士団長とザックの口封じを行った……という筋書きだ」
「ケイさんは本当にそうだって思っているの?」
「というよりかは、そうだという仮説を強引に立てて情報を集めて行かないと時間がない。
神殿が使えない以上は、穏便にベアータを助けるためには別の方法が必要だ」
「別の方法ってなんだよ?」
「民意を使うってことさ」
圭はこれまで得られた情報と、アニェーゼの推測を総括して、1つのシナリオを作ることにした。このシナリオの真偽は圭にとってどうでもよかった。ただ、このシナリオに何らかの証拠を肉付けすることで、信ぴょう性のある話にして世論を動かそうとしていた。
その話を聞いてルーファスはどきりとした。レーゲンが言っていた、市民の反意を仰ぐ、圭もレーゲンと同様の事を言っている。
「民意って……」
「まあ、情報屋に握らせたり、敵対騎士団にそれとなく証拠を渡したりだな」
「よくそんなこと思いつくな」
「仕方ないだろ、今回のケースではそれが必要だ」
やり方の一例を圭が示すと、ルーファスが何故かとげとげしい感じに反応した。圭はその態度に違和感を覚えつつも話を続ける。
「ララ、ザック副団長の家に隠し棚があるってベアータは言っていたんだな」
「そうだね……でも、ベアータの家には今も騎士が見張りをしているらしいよ」
「俺なら問題ない。明日、ベアータと一緒にザックの家に行く。
早朝にそっちを訪ねるから認識しといてくれ」
「了解」
どうやって見張りに気づかれずにベアータの家に入るかラーフィリスは疑問に思ったが、圭がやるといった以上は問題ないと思い、特に聞かなかった。
「ルーファスは適当に街を巡回してくれ。」
「ああ」
先ほどからルーファスは妙に歯切れが悪かったが、1年も付き合いがある人間だ。どうしたのか後で確認をする必要はあるが、問題ないだろうと圭は思った。
「最悪の事態を考えてアニェーゼとラーフィリスには逃がす方法を考えてくれ」
「うん、わかった」
ルーファスと違ってアニェーゼは疑問を挟まず、圭の言うことに同意した。方針が定まったので、いつもならすぐアジトから出ていくのだが、今日に関してはルーファスが畳の上に座ったままだった。
「どうした?」
「少し、圭に話がある。ララは席を外してくれないか?」
「いいけど……」
珍しいこともあるものだとラーフィリスは1人、先にアジトから出ていく。
「ララ、気をつけて帰れよ」
「今日は武器もあるし大丈夫だよ」
背中から圭の声がかかり、ラーフィリスは刃物付きキックブーツを見せて返事をした。一瞬だけ不安そうな顔を圭はするが、いつまでも過保護でいるわけにはいかないと、首を振った。
「それでルル。どうしたんだ」
「……いや、この間の白絹屋の事件なんだが」
「なに?」
昔の話を始めたルーファスに、圭は怪訝な声をあげた。今回の事件に関することで悩んでいたと思っていたので、予想外だったのだ。
「マイク機織りがつぶれたことで、何人が失業しただろうな」
「……?」
なぜ今更その話をするのか、圭は不思議でたまらなかった。一方で、ルーファスはレーゲンに言われたことをずっと考えていた。追及してはいけない理由、白絹屋の事件でも、マイク機織りがつぶれたことによって大きな影響が出ただろう。そうなれば、侯爵領の守り神たる黒色槍騎兵団が機能不全に陥ったなら、いったいどんなことが起きてしまうのだろうか。
「もし、黒色槍騎兵団が潰れてしまったら、どうなってしまうんだ?」
直接、何を悩んでいるか言われてようやくルーファスが何を悩んでいるかわかった。圭は頭を掻きながらなんと返答しようかと悩んだ。
「ルル。逆に聞きたいが、黒色槍騎兵団が潰れたからといって、何があるっていうんだ?」
「なに?」
想定外の返答を受けて、ルーファスは戸惑った。圭は冷酷ともとれるほど、関心がない顔をしていた。
「ルルの想定通り、ヴァディムまでもいなくなったら間違いなく混乱するだろう。
でも、それは俺らがベアータとアニェーゼを放置していい理由になるのか?」
「それは……」
「ルル、お前は例えば殺しがあった相手に理由があったら、許すのか?
部下が多い人間は裁かないのか?」
「そんなことはない」
「そうだな。立場とかそんな関係ないことを考えるから余計なことを考えちまうんだ。
俺たちはただ、父親を殺された娘のために動いていると考えればいいんだ」
そうだなと、ルーファスは自分を納得させるように言った。圭はそんなルーファスを見ながら、どんな詭弁だと自嘲した。
土日出勤だったので、隔日更新できませんでした。
できる限り隔日で更新しますので、どうぞよろしくお願いします。




