第八話「気障な男?アニェーゼ、迫る魔の手」
首に刻まれたかつての奴隷印、それは衝撃をもたらしただけでなく、圭がその主人であったと知り、ベアータは言葉に詰まった。ラーフィリス自身も、言わないつもりだったことを口に出してしまい、動揺をしていた。そんな妙な空気が流れた部屋に、ノックの音が響いた。
「ララ、僕だ」
気まずい雰囲気を切り裂くようなアニェーゼの声に、助かったといった具合にラーフィリスは声をあげた。
「開いているよ」
「わかった、入るよ」
アニェーゼは念のため、確認をしてから家の中に入る。和気あいあいと喋っていることを想定していた彼女は、緊張した雰囲気に首を傾げた。
(ラーフィリスは誰とも仲良くできると思ってたけど、相性が悪かったのかな?)
2人の相性が悪かったのだろうと勝手に予想をつけたアニェーゼは、圭と合わせれば機嫌が直るだろうと適当に判断した。本人は隠しているつもりだが、ラーフィリスが圭に対して慕情の念を募らせているのは周知の事実だった。
「今晩は僕がここにいるから、逆三角形のおっさんのところにはララが行きなよ」
「そう、じゃあわかった」
アニェーゼは家主の許可なく椅子に座ると、持っていた携行用の酒樽に入ったエールを飲んだ。ラーフィリスの家に常備されているエールはまずいと知った彼女は、自分用の酒を用意したのであった。
そんな堂々としたアニェーゼの行動に、ラーフィリスは頭を抱えた。アニェーゼの演技は、真似をする対象のキャラクターになりきるタイプである。普段は繊細な女性だが、男のふりをしている時は妙にガサツな所があった。最も、そんな性質も本来のアニェーゼともいえるだろう。
「僕の得た情報を覚えて行ってほしいんだけど。
まず、ザック副団長はノーヘルノーベルの横領をしてと、ヴァディムは言っていた」
「そんな、養父がそんなことするわけありません!」
「わかっているよ、ヴァディムがそう言っただけだ」
激昂したベアータが立ち上がり、アニェーゼが彼女を宥めた。納得はしたものの、困惑した様子で、ベアータが椅子に座りなおした。
「変だね、ノーヘルノーベルなんて簡単に横領して売れるものじゃないよ」
「火気厳禁、取り扱いを間違った瞬間にどかんする危険生物。
主要目的は鉱山発掘と、全総と、テロリズムっていう危険な代物。
領主が迂闊に大量購入すれば謀反を疑われるような代物だからね。
おかしな話というわけさ」
ルーファスも抱いた疑問をラーフィリスも感じた。アニェーゼは我が意を得たといわんばかりににやりと笑った。
「さて、黒色槍騎兵団の雇い主であるオーレンドルフ侯爵の領から来ている鉱石が、滞っているという事実がある」
「もったいぶらないで結論を話しなよ」
もったいぶった風に話すアニェーゼに、ラーフィリスは結論を言うように促した。冷たいなと、アニェーゼは嘆いた後に、咳払いをする。
「王都、オーレンドルフ侯爵領間の主要橋が落ちたらしい。
僕はそれがノーヘルノーベルによる事故じゃないかと思ってるんだ」
「たまたまじゃないの? 例えば魔物とか?」
「そういわれているけど、目撃情報は出ていないみたいだよ」
「……思い込みじゃない?」
「いえ。ラーフィリスさん、本当にノーヘルノーベルが原因かもしれません」
理論が飛躍してはいないかと、ラーフィリスは半信半疑でアニェーゼの話を聞いていた。ラーフィリスが信じていないなか、アニェーゼの話をベアータが支持した。
「交易に影響が出るほどの侯爵領と王都間の橋と言えば、ロームルス川を通る橋だと思います。
あの橋を壊すのは、野盗や一般的な魔物では不可能だと思います」
どの橋が壊れたか、どのような橋なのか想像がつかないラーフィリスにはピンと来ていなかったが、父の主君である侯爵の領地に関する事に関しては、当然ベアータは把握していた。木材、石材だけでなく、支柱は鉄材を使用しており、人間なら爆発物か爆破性のある魔法が必要だし、魔物はかなりの脅威度がなければ破壊できないだろう。
「では、そうだとしたらヴァディムは、保身のためにその罪を養父へと押し付けたというのですか!?
……許せません、騎士の風上に置けないどころではありません」
「しかし、ヴァディムを追求するには証拠が必要だ。
何かないか?」
「くっ……。そういえば……」
ベアータは怒りで震える手をテーブルへと叩きつけた。だが、ヴァディムを追求するには彼の悪事の証拠が必要となる。アニェーゼが証拠を欲すると、ベアータはあることを思い出した。
「養父は隠し棚を持っていました。
そこに何かあるかもしれません」
「そうなると、ベアータちゃんの家に行くのか……」
ベアータが思い出した隠し扉の中に、騎士団長からの指令書などがあれば情報や、証拠になるだろうが、問題は彼女の家には黒色槍騎兵団の騎士が見張りをしており、戻ったら捕縛される可能性が高い。
「ん、わかった。それはケイさんに相談しよう。
それでいいね、アレス? 私は逆三角形に行くから」
「わかった、気を付けてね。
雨降ってるよ」
「うん、ありがと。
ベアータ、ブーツありがと」
ラーフィリスは、ベアータが整備してくれたキックブーツを履き、外套を羽織って部屋から出て行った。ラーフィリスの背中が見えなくなるまで、アニェーゼは手をひらひらと振った。
「……アレスさん。何から何までしてもらってごめんなさい」
ラーフィリスが部屋から出ていき、ベアータは謝罪の言葉を口にした。最初、ベアータは迷路横丁に潜伏しつつ情報を収集して、養父と使用人の無念を晴らそうと考えていた。だが、現実は黒色槍騎兵団の隊員が町中をうろついており、うかつにベアータが外に出るわけにはいかないありさまだった。
そのため、ただでさえも潜伏先にして迷惑をかけているのに、情報収取までお願いする始末であった。そんな自分がベアータは情けなくてしょうがなかった。
「ん? ああ、いいんだよ。結局関わるのを決めたのは僕なんだから」
「でも……」
気落ちするベアータを見て、アニェーゼは先ほど購入した発光石を取り出した。そして、持ち主の許可を取らずに、植物繊維で作られた紙であるパピルスを一枚拝借した。
アニェーゼは机に置いたパピルスの上に、発光石で何かを描き始めた。ベアータは気になって覗き込むが、パピルスの上には発光石の破片が散らばるばかりだった。様子を見られているのを気にせず、アニェーゼは時折ベアータを見ながら、その動きを続けた。
描き終えたのか、アニェーゼは発光石から手を放し、パピルスの上に残った粉塵を息で吹き飛ばした。ベアータが目を凝らすと、発光石がパピルスの上に塗り込まれているのがわかった。
「『魔領解放、顕彰!』」
最後に雑貨屋の店長と同じように魔力を通すと、パピルス上に描かれた絵が発光する。使われていたのは二色の発光石だが、粉末の混じりあいから鮮やかなグラデーションが描かれた。
描かれていたのは横顔だった。ショートカットになったベアータの横顔が描かれていた。ただの絵画ではなく、魔法石で描かれているため、魔力による発光がなされている。その色鮮やかな光は、より一層作品を際立たせていた。
「これ……わたし?」
絵の中のベアータはうっすらと微笑んでいた。
「笑っていた方が、キミはかわいいよ?」
「なっ……!」
アニェーゼの気障な言葉に、ベアータは顔を真っ赤に染めた。
*****
「なーんて、気障な事をしてそうだなぁ」
雨の中、外套で水滴を避けながらラーフィリスは道を歩いていた。
男のふりをしているアニェーゼは妙に気障な男を演じている。どんな男性観をしているのだろうかと、ラーフィリスは思っていた。なお、ラーフィリスは知る由もないが、モデルとなった男性である兄が女たらしだったからである。
仕方がないなあとつぶやきながら、雨の中を歩くラーフィリスと、黒色槍騎兵団の制服を着た男がすれ違った。男はアニェーゼを追跡していた男で、最後の最後で彼女を見失っていた。
「ここまで来て見失ったか……」
別に何があるという確証があるわけではなかったが、ここまで追跡をしておいて見失ったことに落胆を隠せなかった。
そんな男の肩を背後から強い力で引っ張る何者かが現れた。
「よぉ、何を見失ったんだって?」
「モヒーナか」
「モヒーナさんだぞ? 立場わきまえろよ」
ヴァディムの腹心と呼ばれることもあるモヒーナは、男の肩をつかんでいた手を放し、指先で男の額を小突いた。
「お前は中立派だけど、ザック派よりかは見どころがある……。
今後の扱いがどうなるかは、俺に対する態度次第だと思わないか?」
「何が言いたいんだ?」
「誰かをつけてたんだろ? 教えろよ。
そうすりゃ、ヴァディム副隊長にはお前さんが協力的だったって報告してやる。
俺はお前の鼻が効くっての知ってんだぜ?」
モヒーナは馴れ馴れしく男の肩に手を回して、愛想よく話した。だが、この場でモヒーナが話したことは殆どがでたらめで、誰を追跡していたかだなんて一切興味が無かった。重要なのは、中立派の中でも特に顔が利くこの男をヴァディム派に入れることにある。クーデターともとれる今回の殺人事件では、ヴァディムの求心力は得られない。ザック派をゆくゆくは追い出すが、中立派は取り込むのが上策だった。
そんなモヒーナだったため、まさかこの男が追跡していた人物が大金星だったとは、この時点では予想できなかった。




