第六話「危険生物はどこへ?」
「くそ、梅雨の時期にこんなことはするもんじゃないな……」
小雨が降る王都を、アニェーゼがイラつきながら歩いていた。行先は、彼女がなじみにしている魔法石の雑貨屋だ。王都に降り始めた小雨は、外套を羽織っていれば我慢できる程度だ。そのため、雨の日にもかかわらず、それなりの歩行者がいた。
時折走る馬車がはねる水を、アニェーゼは眉をひそめながら避けた。魔獣の革をふんだんに使ったブーツに、はねられた雨が降りかかる。梅雨の時期でもあることから、水に強いブーツを履いていたためく、中まで染み込むことはなかった。しかし、いらだつことには変わらず、思わず地面を蹴り飛ばした。ナイフすら通さない頑丈なブーツは、地面を抉った。
そんないらだった様子の彼女を、騎士の男が追跡していた。彼自身、なぜアニェーゼを追跡しているか説明ができなかった。なんとなくの勘、としか言いようがなかっただろう。
雨がアニェーゼの集中力を削いでいたこともあり、一切気づくことはなかった。そもそも、自分を追跡するような存在がいると警戒していないこともあった。しかし、普段の彼女のなら気づいていただろう。
そして、騎士はアニェーゼがなじみに雑貨屋に入る所を見た。一瞬、追跡をやめようかとも考えたが、ここまで来たからには最後まで追跡してやれという気分で、遠巻きに監視することにした。
*****
「よお」
「おお、あんたか」
アニェーゼが店に入ると、顔見知りの店長がいた。店長よりも先に挨拶すると、彼は見知った顔だと気づき、愛想笑いをやめた。
店の中には商品らしきものが入った箱が至る所に並んでいるが、それは珍しい光景だった。店長は整頓好きで、普段から店内をきれいにするようにしていることをアニェーゼは知っていた。彼女の視線から、普段と様子が異なることを気にしているを気づいた店長は、恥ずかしそうに頭をかいた。
「あんた相手だから言うんだが、在庫が多い様に見せてるのさ」
「なんでそんなことしてんだ?」
店長は首を伸ばして入口の方を見て、誰もいないことを確認するとアニェーゼを手招きした。素直にアニェーゼが近づくと、顔をずいっと近づけてぼそぼそとしゃべりだす。
「魔法石の値上がりが続いててな、大量の在庫を持っているように見せかけたほうが、発注してくれるんだよ。
実際は、注文が入り次第探し出すんだけどな」
「ふーん……」
王都全域で商品が不足している今、在庫を持っているという事は、流通ルートのコネがあることを示している。それだけの流通ルートを持っていれば、発注して事前金を支払っても、逃げられることはないだろう。そのように思われるため、今は在庫を大量に持っているように見せかけたほうが良いのだ。
その情報を聞かされて、興味が無さそうな声をアニェーゼは出したが、魔法石の値上がりはまさに聞きたかった話だった。食いつくと情報料とか言われそうな気がしたため、話を合わせつつ情報を引き出すことにした。
「鉱山の中でノーヘルノーベルを爆発させたのは、まだ回復しないのか」
「ああ……前に来たときはそんな話をしていたのか。
どうも、あれはガセなんじゃねえかなぁ」
「というと、別の要因か?」
「うちで扱っている魔法石はオーレンドルフ侯爵領から来ているんだが……」
大当たりだ、とアニェーゼは喝采をあげそうになった。オーレンドルフ侯爵とは、まさに黒色槍騎兵団の雇い主である貴族だ。自分の予想が当たっていたことに関して、彼女は思わず自画自賛しそうになった。しかし、ここからが重要なのだと気を引き締めた。
「オーレンドルフ侯爵領から来ている魔法石が全体的に滞ってるんだ。
鉱山が死活したってのも聞かねえし、噂通り一個の鉱山が爆発したって言っても、すべての種類の入荷が悪くなるってのはおかしい」
「つまり……」
「俺は流通ルートに問題があると見た」
自分の飯のタネに関することのためか、店長は詳しく調べていた。いかに苦労して情報を集めたか店長は大げさに話している。普段のアニェーゼなら途中で話を遮っているが、今回は詳しく聞きたい内容のため、聞き手に徹していた。店長は不幸自慢ができるし、アニェーゼは情報が手に入る、これこそ両得という事だろう、そう彼女は思った。
「最終的に分かったことは、王都への流通ルートの橋が落ちたっていうのが真相みたいだな」
「橋ねぇ……誰の仕業なんだ?」
「それがどうもわからないらしい。
窃盗団がいるって話も聞かないし、凶暴なモンスターがいるんじゃないかって、黒色槍騎兵団や自警団が巡回をしているらしい」
橋が落ちた原因は不明なようだが、アニェーゼはヴァディムが原因だと当てはめることである仮説が立った。
ノーヘルノーベルは取り扱いが難しい生物だ。何度か爆発させてしまった事故の話を聞く。つまりヴァディムは運搬中のノーヘルノーベルを誤って橋の途中で爆発させた。このことによって、通商ルートに影響が生じ、鉱石等の貿易にダメージが及ぼされた。調べればオーレンドルフ侯爵領からの貿易品目が値上げされているだろう。
ヴァディムにとってこの失態は隠したいものだった。そこで、ノーヘルノーベルは運搬に成功したことにして、ノーヘルノーベルを誤った使い方で爆発させてしまったという噂を流した。
しかし、スプリングス騎士団長はヴァディムを怪しんでザック副団長に調査するように依頼した。追い詰められたヴァディムは二人を殺害して、口を封じた。
あり得そうな仮説を立てることができて、アニェーゼは手ごたえを得ていた。一方で店長は自分ばかりが話していることに気づき、ようやく彼女の要件を聞いていないのを思い出した。
「そういえば、今日は何を注文しに来たんだ?」
「あー……」
情報を聞くために来たのであり、買い物は目的ではなかったのでアニェーゼは回答できなかった。素直に情報収集に来たといってもいいのだが、言ってしまうと金銭を要求される可能性もある。せっかくタダで情報を得た以上、そこにお金をかけたくはなかった。ただでさえも、ベアータを匿っているため金欠なのだ。
ふと、店内に並べられている商品を見ると、見たことのないカラフルな石を見つけた。
「……この石は?」
「これか? これは発色石ってやつだな」
店長は灰色に青が混じった石を取ると、そのままテーブルをこすった。石は柔らかいのか、テーブルにこすりつけるたびに欠けが生じていた。テーブルに転がった破片は、カラフルに見えて退路が消えて灰色にしか見えない。
何度かテーブルにこすりつけた後、石をどかした。そして、店長は掌をそこに向ける。
「『魔領解放、顕彰!』」
テーブルに向かって力ある言葉を述べ、魔力を通すと、石でこすった後が青色に発光した。こすった後は字になっており、『魔法石雑貨店へようこそ』と書かれている。その光景を見て、アニェーゼは思わず感嘆の声をあげた。
「おもしろいだろ?」
「魔力を通すと発光する石か」
確かに面白い、アニェーゼ達のように表ざたにできない仕事をしている場合、様々な使い方があるだろう。それにベアータに対するお土産にもなりそうだ。アニェーゼは今回訪問した理由を、掘り出し物を探しに来たという事にして、これを購入することにした。
「いくらだ?」
「3ソロヴァ銀貨」
「たけえよ!」
石垣積みなどのアルバイトを1日やった分の金額を提示されて、アニェーゼは思わず叫んだ。パン屋の老夫婦に迷惑料を含めて払った食事代がソロヴァ銀貨2枚だったことを考えると、その値段の高さがわかるだろう。
アニェーゼが叫んだのを見て、店長は苦笑いを浮かべた。さすがに値段設定が強気すぎたのは自分でもわかっていたようだ。
「2ソロヴァ銀貨ならなんか別のものを買ってくれ。
3ソロヴァ銀貨なら、なんかサービスする」
値段交渉をするまでもなく、店長は代替案を出した。おつりを出す概念があまりないため、一般的な交渉ではあるが、どちらも店長が得するようになっている。
「2個で3ソロヴァ銀貨」
「おい、この強欲野郎」
もちろんアニェーゼがそんな交渉に乗るわけなく。最初に提示した金額の半分にするように要求した。ジト目で見る店長に対して、彼女はシレっとした顔をしている。
結局、何度かの金額交渉を交えながらソロヴァ銀貨4枚で2個購入し、追加で魔法石の鏃を3つ、ソロヴァ大銅貨3枚で購入した。その後関係のない雑談を交えて、店から出た。
*****
依然として雨は降っており、アニェーゼは嫌そうな顔をしながらラーフィリスの家へと戻ることにした。
そして、その様子を見ていた騎士は、再び彼女の後を追跡した。
雲は厚く、今日の雨はまだ止みそうになかった。
17/5/27 ルビ等




